第12話


 目覚めると、シーツが血まみれになっていた。

 赤色に染まったシーツを見つめ茫然としていると、股の間にぬるぬるとした感触があったので、パジャマの中に指を突っ込んだ。指と爪の間に入り込んだ鮮血が手首に垂れていったそのとき、先月女子生徒だけが集められた保険の授業で見せられたビデオの映像が頭に浮かんだ。


 「生理」は女の子が大人になるための通過儀礼なのよ。

 でっぷりと肉付きのいい保険の先生はそう言って、私たちひとりひとりにナプキンと呼ばれる白い包帯のようなものを配って回った。誰もがそれを恥ずかしいものであると理解し、そそくさとポーチや鞄の見えないところにしまっていた。「あれ」を付けなければいけない。反射的に包帯の用途を理解した私は慌てて自分の勉強机の中を捜索した。


「あった」


 触るとカサカサと音のする包帯を開いて、新しく履き替えた下着に装着する。一安心したところで、血まみれになったシーツを洗おうと思い奥の部屋の扉を開けると、狭い部屋の中は明るい白熱灯の光でいっぱいに満たされていた。

 驚いたような表情を浮かべるかつひこが私を見る。かつひこの手には赤に染まったシーツが握られていた。かつひこと、血の色をしたシーツ。その光景を目にした瞬間、こわいような、泣きたいような、逃げ出したくなるような、様々な色の混じった気持ちが溢れてきた。


 女の子が大人になるための通過儀礼。


 そんなもの、いらない。そんなものいらないから。大人になんかならなくていい。私はいつまでも子どもの姿のまま永遠に、かつひことともにありたかった。


「かつひこ。私・・・」

「まこ。こっちおいで」


 おずおずとかつひこの前まで歩いて行くと、かつひこは両手を広げて、私を抱きしめてくれた。かつひこは何度も私の頭を撫でて、「大丈夫だよ」という言葉を繰り返した。穏やかなその声を聞いていると、下腹部に感じていた鈍痛が少しずつ和らいでいくのがわかった。


「もう、平気。かつひこ仕事あるでしょ。そろそろ出ないと、遅刻しちゃうよ」

「うん。・・・あれ」


 かつひこは自分の人差し指と中指を見つめて、不思議そうな顔をした。指の間に挟まっている血が乾いて、赤黒く固まっている。かつひこの指を使って深夜のひとりあそびをした記憶が蘇る。頬のあたりが熱を持ち始めるのを感じながら、「ごめんね」と謝ると、かつひこは優しすぎる微笑みを浮かべて、自分の指をぺろぺろと舐めた。


「苦い。まこの味がする」


 顔に血が上るのを感じて、私は部屋を出て顔を洗った。ひとりになって暫く経っても、波打つ心臓の音はおさまろうとしなかった。

 かつひこの出て行った後の家の中に冷蔵庫の音がぶううんと響いている。さっきまで同じ布団で眠っていたのに、胸をかきむしりたくなるくらい寂しいのはどうしてだろう。私は私の穴を埋めるために、かつひこに触れてほしかった。他には何もいらなかった。かつひこに何もかもを差し出して、それから、隅々まで愛されたいと願っていた。


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