第11話

 布団に入って2時間が経過したのに、ちっとも眠気がやってこないまま、空虚な心持ちで天井を見上げることしかできない。台所まで歩いて行き、コップに注いだ一杯の水を飲み干したところで、かつひこの寝息のような鼾が奥の部屋から聞こえてきた。


 出来るだけ足音を立てないようにしながらかつひこの眠るベッドへ向かった。ほんの少しだけ開けた扉の隙間から、Tシャツが胸のあたりまでめくれ上がって、お腹が丸見えになっているかつひこが見えた。かつひこは本当に生活力がなくて、だらしがない。私よりも、ずっと年上の男のひとなのに。

 突き上げてくる愛しさにめまいがしそうになりながら、ベッドから落ちていたシーツを肩の上までかけてやる。そのまま暫く健やかな寝顔を見ていたら、かつひこと一緒に眠りたいという欲望がむくむくと頭をもたげてきた。随分と長い間、かつひこの隣で朝を迎えることがなかったのだ。


 かつひこがごろんと寝返りをうったとき、私は覚悟を決めて、かつひこの側に

身体を寝かせた。かつひこのシングルベッドは少し手狭だったから、私はかつひこの体温を感じることのできる位置にくっついて目を閉じることができた。


 「ううん」と甘い呻き声をあげてもう一度寝返りをうった拍子に、かつひこの腕が私の胸のあたりに乗っかった。私がここに居ることに全く気がついていない様子に、好奇心に似た悪戯心が芽生える。私はかつひこの腕を手元に引き寄せて、小さい頃に買ってもらったリカちゃん人形で遊ぶように、細くて長い指を弄び始めた。かつひこの人差し指は、舌で舐めると深い海の味がした。


 青白い月の光で満たされている部屋の中で、私はかつひこの指を自分のパジャマの中にゆっくりと入れた。じんわりと熱を持っている指先を、膨らみかけたつぼみに当てる。呼吸ができなくなるくらい胸が苦しくなって、唇の隙間から湯気のように熱い吐息が漏れる。かつひこが目を覚ましていないことを素早く確認してから、私は私の身体の中心からとろとろと溢れ出してくるあたたかいなにかの正体に思いを馳せた。怖いくらいに静かに、それでいて耐え難いほど鋭く、私の細胞を満たしていく知らない感覚に身をまかせながら、私はついに、うとうとと眠りについた。


 いつの間にか夢を見ていた。真っ白な窓のない部屋の中で、かつひこが裸のままの私を見つめている夢。かつひこは私の方へ歩いてきて、私の両足をぱかりと開く。幼いころの記憶と同じ。慈愛に満ちたあの瞳で、私ですら目にしたことのない私を見つめて、「大きくなったね、まこ」と囁くように呟いた。


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