第5話


 日曜日だった。スクランブルエッグとトマトとハムの乗ったトーストがテーブルに用意されている。月に一度の「面会日」に、かつひこはいつもより気合いの入った朝ごはんをつくる。私がお母さんに取り上げられてしまうのが心配なのかもしれない。

 そんなこと、ただの杞憂なのに。


「いってらっしゃい」


 起きたままのぼさぼさの髪。ガリガリの体に、青いチェックのパジャマ。かつひこは黒縁の眼鏡をかけて、ぼけっとした顔のまま、私を玄関まで見送った。

 離れるのが寂しくなって、あまりにも無防備なかつひこの身体にしがみついてしまう。かつひこは私の頭を撫でながら、困ったように言う。


「まこ、そろそろ行かないと」

「だって…」


 名残惜しかったけれど、10時には家を出ないと待ち合わせ場所に遅刻してしまう。時間に厳しいお母さんの怒った顔を思い浮かべてからやっと、かつひこに手を振った。かつひこはきっと、私が居なくなったあとも暫く、玄関に一人突っ立っているんだろうな、と思いながら踵を返す。簡単に想像ができる。ドアの向こうでかつひこは永遠に私を待っている。まるで大好きな飼い主に捨てられた子犬みたいに。


 電車に揺られて30分。駅の中央改札を出ると、15分前だというのに、赤いカーディガンにチェック柄のスカートを合わせたお母さんを見つけた。私に会うときはいつも、お母さんは明るい服を選ぶ。迷子になりやすい私のために。お母さんが何処にいてもすぐに見つけられるように。


「お母さん」

「まこ。久しぶり。また、背が伸びたんじゃない?」

「こないだ身長測定あった。1センチ、伸びてた」

「やっぱり成長期なのね。随分、顔立ちも大人っぽくなって」


 お母さんは寂しそうに微笑んで、遠慮がちに私の手をとった。「もうこんなことする歳じゃないかもしれないけど」と言うお母さんに首を振って、ぎゅっとその華奢な手を握り締めた。


 デパートの屋上にある遊園地は、休日にも関わらず空いていた。

 100円を入れると動くパンダの乗り物は泥にまみれて茶色く変色していたけれど、はしゃいでいないと子供らしくないような気がする。無邪気な明るい声を意識しながら「これ、乗りたいな」と甘えてみせると、お母さんは私を持ち上げてパンダの腰に乗せてくれた。

 パンダはゼンマイが回るような電子音を立てながらゆっくりと動き出した。今にも壊れそうな色褪せた遊具も、屋上から見える街の景色も、もっとずっと子どもだった頃から変わらない。風が吹いて、お母さんのチェックのスカートがふわりと膨らんだそのとき、時間が止まっているみたいな不思議な感覚が胸を襲った。風にあおられて飛んでいった風船の赤色が、今も目に焼き付いている。

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