第3話


 私たちは毎晩必ず一緒にお風呂に入る。

 一緒に湯船から上がったあと、かつひこは自分の身体を拭く前に、私の細くて小さな身体を柔らかなタオルで包み込む。髪の毛をドライヤーでさらさらに乾かして、身体の表面についた水滴を取り除く。

 そして私は、かつひこが私を隅々まで見つけられるように、ベッドの上で横になって、両足をぱかりと開く。


 かつひこは戸棚の二段目の引き出しから赤いメジャーを取り出すと、ゆっくりとそれを伸ばして、私の身体に這わせていく。足の指から始まって、おでこと眉毛の間の長さまで、時間をかけて。

 10センチ、23センチ、と小さな声で読み上げながら、水を吸ってふやけたノートに私の成長を書きつけてゆく。かつひこは良く、自分の身体を乾かさずに私を測定するので、かつひこの濡れた髪の毛から落ちる雫が、缶詰に入っている白い卵焼きのような私のお腹をぶるぶると震わせることもある。ぽつぽつと放たれる雫の冷たさがおかしくて笑うと、真剣な目をして私の足の間を見つめているかつひこも、私につられて笑う。それは1日の中で一番甘やかで、穏やかな時間だった。


 でも、どうやら、健吾にとって、私たちの「身体測定」は珍しいことらしい。健吾はランドセルの皮紐を指でいじりながら、気まずそうに私をちらちらと見やっている。


 「変かな」

 「変っていうか。…お前ら、変態だよ」


 健吾はアニメに出てくる悪役の捨て台詞のような言葉を人気のない廊下に残して、一目散に下駄箱の方へ走っていった。

 どくどくと、心臓がなっている。変態という言葉と、私とかつひこの関係が結びつくとは思えない。あの神聖な儀式について健吾が何か勘違いをしているのは間違いなかったけれど、私はなぜか、健吾の背中を追いかけることができなかった。

 あの日、あの廊下で、健吾が放った黒い絵の具は、透明だった私の心の水面をかき乱した。一人きりの帰路、ぽろりぽろりと溢れる涙の理由を誰にも知って欲しくなくて、私は自分の前に伸びる小さな黒い影だけを見つめ、早足で歩いた。


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