常識は非常識
街に戻り、最初に出てきた建物で例のガタイの良い男に依頼完了の報告をする。
「ありがとうございます。勇者様というのは噂に聞いていたよりも仕事が速いんですね。トラブルで到着が遅れると聞いた時は焦りましたけど期限はしっかり守ってくれましたし、何よりこちらの問題を解決していただけて。」
「それが私たちの仕事ですから。こちらに来たのは三回目だったのですが、以前と違うルートできたものですからトラブってしまって。前の仕事から少し時間あったので休憩しようとしたのが裏目に出ました。」
「いえいえ、休憩も考えての日数でしたから問題ありませんよ。」
この人はいかつい見た目とは裏腹に丁寧で穏やかな言葉遣いだ。
「では、報酬は依頼書の通りで大丈夫でしょうか?」
「はい。調整局の方にお支払いしておきます。」
「よろしくお願いします。」
最初も思ったが、この人たちの会話は本当に事務的だ。先ほどまでどちらかというと馴れ馴れしいくらいで話していた彼女が急に真面目な話を真面目なトーンでしているという光景に違和感を覚える。
いや、当たり前か。彼女にとって勇者というのは職業なのだ。物語に出てくる国を挙げてサポートしてくれるような職業ではなく、話を聞くかぎりではフリーランスのような自分の生活のための職業。
そうなると依頼やお金の話は真剣にするようにもなるだろう。善意ではあるがボランティアではないのだから。
その後も二、三言内容はわからなかったがやり取りをして話は終わったようだ。
「賢者、お待たせ。帰ろうか。」
「帰るって俺の家に?」
「そうそう。」
「リラも?」
「もちろん。私も自分のいた場所に変えるにはあそこ経由するしかないし。」
「帰りも同じ要領?」
「もちろん。」
…また酔う事は覚悟しないといけないようだ。
「吐きそう。」
見慣れた境内に戻って来たというのに俺の第一声はそれだった。
「苦手な人は世界間移動酔いするよね。」
「平気なのか?」
「一回も酔ったことない。」
それはうらやましい限りで。
何度か深呼吸をして二度くらい吐きかけて、ようやく落ち着いた俺は気づく。
「昼前に出たのに今は三時だ。」
境内の一画にある時計がそう示していた。向こうでの滞在時間をちょうど同じくらいだ。スマートフォンでも確認したが同じだった。
「近しい世界だと世界間時差少ないからね。」
「なんでも世界間ってつければいいってもんじゃないだろ。ゴロが悪いんだよ。」
「その文句は私に言われても、そう言うんだから仕方ないじゃない。それよりさ、お昼食べてないからお腹空いた。家帰ろうかな。」
「そうか。ここでお別れか。」
「いや、賢者の家に帰るんだよ。」
言いたいことは色々と浮かんできたが、俺も空腹感を感じていたので何も言わなかった。異世界では『門』のあった場所で行きと帰りに水をもらって飲んだだけだ。
神社から家までは近い。特に何の話をする間もなくついてしまう。
母親くらいはいるだろうと考えながら、鍵を開け玄関の扉を開ける。
「おかえりなさい。お疲れ様でした。無事仕事は終えられたみたいですね。先ほど入金の方も確認できましたのでご安心下さい。」
俺たちを出迎えてくれたのはコロナさんだった。しかも、服装は会った時のファンタジー的な水色の服から現代的な装いに変わっている。
「俺の家で何やってるんですか?」
「ご家族の方に説明をしてました。中継地点として使用していいかを健司さんだけでは判断できないご様子でしたので。そうしている間に、リラさんのためにと用意されていた服に着替えるように勧められまして、この格好です。」
うちの両親のことだ、リラと同じように暑そうな服装をしているコロナさんのことを心配したのだろう。それに母親は女の子に着せたい服が色々とあるのだろう。
呼び方が苗字から名前に変わったのはややこしいからだろう。
「うちの親は了解したんですか?」
「限定的でしたが了承をもらいました。これでここを正式な中継点として案内することも可能です。ご協力ありがとうございます。」
「その限定って何か条件を出されたってことですか?」
「家に泊められるのは女性限定で、事前に連絡があった時のみ受け入れるとのことでした。後、定員は最大で四名とのことです。欲を言えば、もう少しいけ入れていただきたかったですが家の大きさ的にも難しいとのことです。女性限定なのはおそらく私のように服の都合でしょうか。」
女性限定なのはきっと母親の趣味だ。父はその決定には逆らえないだろう。
「そういえば、珍しいとか言ってたじゃないですか。そんな場所の管理僕たちでやっていいんですか?」
「もちろんサポートは致します。こんな良い中継点を協力していただく現地の方だけに任せるわけにもいきませんので何かしらの休憩所・建物を管理局の方で設けることにはなると思いますが、それまでは岸副家にお世話になるしかありませんから。建物完成後はそこのお手伝いをお願いしたいと思っていますが。」
「両親が良いというなら僕は何も言いませんので。よろしくお願いします。」
軽く頭を下げる。
そうは言ったものの、この非現実的な話を受け入れられているわけではない。でも、俺がどうすることもできない話で親が良いというのだからと諦めているだけだ。後は慣れるだけだし
「そんな話は後でもいいから家入ろうよ。」
隣で黙って話を聞いていたリラがしびれを切らす。
「そうですね。立ち話も何ですし、報告も受けないといけないのでそうしましょうか。私はリビングで待っています。あと、健司さんのご両親は買い物にでかけておりますので。」
もうすでに馴染んだかのように彼女は奥へと入って行った。
我が屋は二階建てになっており、水回りとリビングやダイニング、キッチンと言った家族が集まる場所は一階にある。
手を洗って部屋着に着替えた俺がリビングに行くと、既にリラが完全にくつろいだ様子でソファに座りポテチを食べていた。
「あれ?コロナさんは?」
「トイレ。」
「そうか。なら待ってるか。」
リラが座るソファから机を挟んで向かいのにある座椅子に腰かける。
「気になってたんだけど、なんで私は呼び捨てでタメ口なのにコロナはさん付けで敬語なの?」
「そりゃ、年上か年下かで対応を分けてるだけだけど。」
彼女たちの年齢は聞いていないが、どう見てもリラは俺より年下で十代後半と言ったところ、対してコロナさんは二十代半ばといった見た目をしてる。
「それなら間違ってるよ。私は賢者より年上だし、コロナは賢者よりも下だから。」
「本気で言ってる?」
「もちろん。」
いつものようなテキトーな感じではなく仕事の時のようなトーンで話すリラ…さん。冗談ではないと雰囲気で語っている。
「嘘じゃないですよね?」
「まあ、年上って言っても二歳くらいだし、タメ口なことは今更気にしてないから急な敬語は止めて、そっちの方が気持ち悪い。ただ、私のことを子ども扱いしていたってのは許さない。」
「いや、どう見ても俺よりも年下っていうか、高校生くらいの見た目でしょ。それに態度もそんな年上って感じでもなかったし。」
「高校生ってのが上手く訳されてこないけど学生ってことでしょ。学校なんてとっくに卒業してるから。一人前の大人として認められてるから一人で世界飛び回って勇者ができるに決まってるでしょ。常識的に考えて、学生が一人であんなことするわけないじゃない。」
この世界の常識の通じないような異世界から来ている人に常識を説かれる。反論ができないほどの正しさをもって。
「何を揉めてるんですか?」
衝撃の事実にお互い口調を荒げながら話しているとコロナさんが戻って来た。
「コロナ、聞いて。賢者が私のこと年下、それもだと思ってたって言うの。それに、コロナのことは年上だと思ってたって言うもんだから。」
「まあ、リラさんは確かに若く見えますよ。私よりも年下なんじゃないかなって思うくらいに。でも、私はそんなに老けて見えますか?これでもまだ最近まで学生やってたんですよ。」
「いや、どうしてもリラと比べて落ち着いていたので。」
俺を軽くにらみながらコロナさんは俺とリラの中間地点、机を挟んでテレビと反対側に座る。彼女の言う学生というのは何歳までの話なのだろうか。こちらの常識が当てはまらないため年齢の検討も付きづらい。
「まあ、いいです。怒ってはないですから。今後、敬語を止めてくださればそれでいいです。」
言葉とは裏腹に少し怒っているような声色でそう言うと、机の上に置いてあるポテチに手を伸ばして食べ始める。二人ともこの家に馴染み過ぎている。
「コロナもそう言ってるわけだし、この話はここまでにして報告と行きましょうよ。」
またもや真面目な雰囲気に戻る。少しだけ場の空気が張り詰めた気がした。
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