仕事は予想外

「ようこそいらっしゃいました。勇者様御一行。遠いところからありがとうございます。」


 『門』を抜けた先に待っていたのはレンガ造りの建物と六人ばかりの若者たちだった。

 最初に挨拶をしてきたのは代表と思わしき大男。2mほどはありそうだ。


「依頼を受けてまいりました。リラコット・ノヴァリアです。」


 聞き馴染みのない名前が名乗られる。リラというのはコロナ同様に愛称だったらしい。


「それと、こちらは今回、補佐として同行する岸副健司。」


 流れで紹介されてしまったので頭を下げる。先ほどの移動時の酔いで下を向くと吐きそうになりながらも我慢する。

 こっちは何の話も聞いていないのにいきなり手伝えとは無茶な話ではないか。


「内容は依頼書の通りでいいですか?何か追加事項はありました?」

「実は一つ変更がありまして。どうも現場にはコーコッル系の植物も生えているとの情報が別の者からありましたので、そちらもお願いできたらと思います。」

「かしこまりました。では、早速作業に取り掛からせていただきます。」

「案内人は必要ですか?」

「大丈夫です。前に別件で来たことがあるので。」

「わかりました。よろしくお願いいたします。」


 内容はよくわからなかったが、とても事務的な会話だけで終わってしまった。てっきり勇者が来たのだからもっと歓迎されるのだと思っていた。

 ちなみに去り際には出迎えの時に続き、深々と頭を下げられた。



「色々と聞きたいことあるんだけど。」


 『門』がある街の集会所らしき場所から出て、さらに、街の出入り口をも抜けたところでようやく話を切り出す。

 リラはカフェオレを紙パックのまま飲みながら俺の半歩前を歩く。


「どうぞ。」


 歩みを止めずに答える。


「まず、今回の仕事は何?危ないこと?」


 色々聞きたいけれど、今自分がどういう状況にいるのかが気になる。

 どうも本当に勇者らしい彼女の仕事となれば魔王を倒すとはいかなくとも凶暴な何かを倒す系なのかもしれないと考えてしまう。


「今回の仕事は…そうだなぁ、わかりやすく言えば草刈りかな。」

「はぁ?」

「依頼書にあるワグーやジェペっていうのはものすごく固い植物なのよ。ワグーは蔓でジェペは木みたいなもの。固いだけならまだしも、両方とも成長も早いから放っておいたらものすごく増えるし土地の養分やマナを吸い取っていくし厄介なものなの。コーコッルの方はもっと厄介で動物を養分にして成長するから近隣の家畜にも被害が出かねないわけ。これは完全に花みたいな見た目してる。」

「草に驚いたんじゃなくてさ。リラは本当に勇者なんだろ?なんで仕事が草刈なのさ。百歩譲って貴重な植物の採集だろ。」


 草刈りを仕事にする勇者など聞いたことがない。


「勇者に対してどういうイメージを抱いているのかわからないけど、一回説明しておいた方がよさそうだね。」

「こっち来たら説明するって言って話だったし、今日一日だけでついていけてないこといっぱいあって困る。」

「まず、勇者ってのは依頼を受けて世界を移動し解決する人の総称。だけど、勇者って普段いう場合は特にある程度の近接戦闘ができて魔法も使える人のことを言うことが多いかな。それ以外だと、賢者とか魔法士とか剣士とか呼び分けられる。管理局の人は勇者の代わりに総称として『旅人』を使うけど、それは管理局の人たちも含めた言い方。ちなみに世界間移動はだれにでもできるわけじゃなくてその素質がある人にしかできなくて、できる方が少数派。ここまでOK?」


 あまり説明になれていないのか、いくつもの内容が詰め込まれた説明を語る。


「俺の知ってる勇者と違うってことは理解した。」

「なら続けるよ。それで、私たちの仕事ってのはその世界では手に負えないことを別の世界から出向いて解決すること。移動管理局とは別に調整局ってのがあって、そこがいろんな世界からの依頼を受けて登録してる私たちみたいな『旅人』に仕事を振り分けてくれるわけ。それで、依頼をこなすと報酬の七割がこちらに、残りが調整局に入る仕組み。」


 なんとなく仕組みが見えてきた。


「例えば、今回の依頼だと本来はこの世界になかったはずの植物がどこの世界からか入ってきてしまって手に負えないから助けてくれって話なわけ。他に質問は?」


 話ながらも街から遠ざかっていく。


「なんで、言葉が通じるんだ?最初にリラと会った時には通じなかったのに。」

「それは私たちが付けてる『調整器』のおかげ。通信機能以外にも自動翻訳魔法がついていて、『門』で繋がってるところの言語なら大体認識して変換してくれているから。これはどこかの世界の技術らしいんだけど、秘密主義なところで詳しいことは教えてくれないらしいから知らないけど。」


 どれもこれもめちゃくちゃな話ではあるものの、目の前で見せつけれれていると信じるしかない。彼女が勇者であることもあの『門』が世界と世界を繋いでいることも。『門』に関してはまだまだ気になることもあるが。


「ところで、移動ってのは常にあんな感じなのか?」

「あれが普通って感じ。酷い時はもっと酷いよ。」


 勝手にどこでもドアのように直接移動先と繋がっていると思っていたのだが、そうではなかった。『門』に入った段階では何とも表現しがたい空間にふわふわと漂っており、そこから目的の『門』を探して移動するという感じだった。

 どれがどの世界に繋がっているか俺にはわからなかったが、リラが地図と呼ぶ紙には書かれているようで迷うことなくたどり着けた。

 ただ、先ほども言ったようにふわふわと漂っているのだ。俺みたいに三半規管の弱い人間が平気なはずがなく、乗り物酔いならぬ世界観移動酔い(と言うらしいが語感が悪い)になってしまった。帰りもそれに耐えながら帰らないといけないとのことだ。


「そろそろ目的地着くと思うけど。」


 そうして質問しながら街から二十五分ほど歩いてきたところで彼女は言う。俺の方は疲れてきて歩みが重くなり始めているのだが、リラは平気そうだ。

 目的地と言われても、辺りは見慣れない動物が飼われていることを除けば普通の牧場のような場所だ。


「この先の林が最近できたものらしいの。最近とは言ってもここ二、三ヶ月って話だけど。牧場に被害が出る前に何とかしてほしいっていう依頼。」


 普通、林はそう簡単にできるものではないと思うのだが、先ほどの成長が速いというのはそういう事か。とすんなり受け入れてしまう程度には感覚が麻痺してきている。


「それで、俺は何をすればいいんだ?補佐とか言ってたけど。」

「あー、あれはテキトーに言っただけ。無関係の人を連れてくるなんてことはできないからさ。でも、せっかくだから手伝ってもらおうかな。」


 リラは立ち止まり俺の方に向き直ると、俺を指さしながら声を張り、宣言する。


「あなたにはこれから三十分で魔法を一つ覚えてもらいます。」

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