諭吉と結婚式と私

 目に見えて太り始めたのは結婚してからでした。

 いや、大学時代の後半からじわじわと筋肉が落ちてでも体重はあまり変わらない、みたいな状態で油断してはいたのですけど、それはさておき。


 当時の上司は「休みの日にはちゃんと休め」と言ってくれる人だったので、お言葉に甘えて休日出勤することも(あまり)なく、休日――といっても私は接客業だから世間様は普通に仕事です――にはゆっくり起きて、ブランチにパスタを茹でて昼前からワイン開けちゃうような日もあるような新婚生活。


 近所には日本酒の品揃えのよい酒屋があって。

 必然的にほぼ毎晩晩酌。

 更に言えば、料理初心者の妻が作るものは炒め物が多かったし。

 遅番の夜も、遅くても飲んじゃうし。


 そんな生活が続いていたある日、弟から連絡がありました、「今度結婚することになった」と。

 おそるおそる着てみた礼服は、ズボンのチャックが上まで上げられなくなっていました。


 大学4年の冬、卒論提出締切の2日前に届いた祖父の訃報。

 その時に買った吊るしの礼服。

 世間がまだバブルだった頃、当時のトレンドは襟ぐりが深い上着だったのでダブルのくせにボタンは左右2つずつという、今思えばどうしてせめてシングルのを買わなかったんだ! と当時の自分を小一時間問い詰めたくなるような礼服。


 生地は冬物だし、デザイン的にも時代遅れだし……しかし礼服は高い。

 普通のスーツに比べてちょっと高い。


 礼服を買った当時の推定体重65kg、この当時の体重80kg超……。


 式まで3ヶ月。

 祝儀、交通費、その他もろもろ。


 今はともかく、この後も友人の結婚式とか呼ばれる機会はあるでしょう。

 親戚筋には他に結婚しそうな人はいなかったけど、大叔父とか大叔母とか葬式に呼ばれそうな機会はすぐにはなくてもいずれある。

 これから礼服を買えば夏物の生地だろうけど、もしも葬式が冬場だったら、うちの親族の菩提寺は古いので寒い。雪国だし。

 逆に結婚式をやるようなところはだいたい冷房効いていることでしょう。二次会用の砕けた格好で行って、会場で礼服に着替えれば無問題。


 私たちっていうか私は、礼服を買い替えることよりもダイエットすることを選びました。

 この先、友人の結婚式に行ったって何か「出会い」があるわけでもなし、葬式だって基本的に親族以外の葬式に行く義理はほとんどないだろうし(少しはありましたけどね;リアルな知己は少ないのですよ)、黒い服であればデザインは二の次でいいじゃん、と。


 ええ、ちょっとマズイな、とは思っていた矢先でもありましたし。

 ちょうどよい本を読んだばかりでもありましたし。


『一条ゆかりの食生活』

 https://bookmeter.com/books/547908

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