外伝―25 盤上に踊りし魔女➂
王帝兵棋大陸王座決定戦第二局。
第一局から数えて五日後のその日は、あいにく雨模様。
ステンドグラス越しには、雷光が大聖堂内を時折照らしている。
既に挑戦者であるベイリー伯と立会人、そして記者達は対局が始まるのを、今か今かと待っていた。
――しかし、王者の席に人影はない。
関係者が慌てた様子で先程から、行き来している。まだ、到着していないようだ。
新米記者は険しい顔の先輩に声をかけた。
「どうしたんですかね? そろそろ、開始時間ですけど」
「俺が知るかよ。あの魔女の考えることなんか分かる訳がねぇだろ。ただ……」
「ただ?」
「――いや、まさかな。仮にも栄えある大陸王者決定戦なんだ。そんな筈はねぇ。そんな事はあっちゃならねぇ」
「?」
ぶつぶつ、と呟く先輩を不思議そうに眺め、新米はベイリー伯を見た。
目を固く瞑り一言も発しない。第一局が始まる前までは酷く饒舌だったのだが。まるで、人が変わってしまのったのかようだ。
懐中時計を見やる。
対局開始まで、残り僅か。
このままでは……
「大陸王者が打たずに――負ける?」
言葉にすると、一斉に周囲の記者や関係者から睨みつけられた。思わず、身を竦め、視線をかわす。
今回の取材にあたり今までの歴史も調べてきたが、急病等で不戦敗になることはあっても、王者が対局を放棄することはなかった筈。
王帝兵棋大陸王者ともなれば、その名声たるや下手な王族すら凌ぎ、当然、収入も凄まじい。それ故に、多くの人間が血の滲むような努力をするのだ。
にも関わらず、あの少女はそれを。
――結局、その日『魔女』アデル・アーネルが大聖堂に姿を見せることはなかった。立会人は理由を『急病の為』と説明したものの、それを信じる者は誰一人いなかった。
※※※
赤髪少女は考えていた。ひたすらに考えていた。
既に盤面は終盤。
相手の両翼は制圧した。駒では此方が勝っている。
にも関わらず、直感はけたたましい警報。
何? 何を見落としているの??
「おーい、まだかー。そろそろ、腹も減って来たし、御開きにしたいんだが?」
「…………五月蠅い。黙れ」
「へーへー」
少女の焦燥とは裏腹に、気の抜けた声で男が答えた。
喫茶店の窓からは、街灯の光が見え始めている。
昼から、ほぼ飲まず食わずで打ってきたせいか、脳みそも身体も疲労を訴えている。今まで、王帝兵棋でここまで消耗した記憶はない。
男が大きな欠伸をした。苛々する。
中央へ、切り札の魔法騎兵を進ませる。
「おーようやくか。あん? おいおい、そんな手を延々を考え込んでたのかよ? 両翼を圧してんだから、素直に包囲殲滅で良かったじゃねぇか?」
「五月蠅い。黙れ。とっとと、打」
「ほいよ」
男は、ほぼノータイムで手を進めた。
進ませた魔法騎兵の両脇から、魔法兵。一気に潰走。同時に、今まで一度も姿を見せなかった軽騎兵が出現。少女の『王』が発見された。
歯を食いしばる。
この次の手は見えている。おそらく、やはり温存されていた魔法騎兵による本陣直撃。
両翼の駒は、その
小さな身体を震わせ、必死に次の手を考えるも……駄目だ。逃げられない。確実に詰んでいる。
男が立ち上がった。
「! ど、何処へ行く気? まだ、私は」
「負けだろうが。必死ってやつだ。カッコよく決めようとし過ぎたな。今日も俺の勝ちだ」
「っぐっ…………明日も」
「まだ、やんのかぁ? つーか、嬢ちゃん学生だろう? 学校は? まぁ、こんな見事な隠蔽結界と変化魔法を組める奴に、教えられる魔法使いもいないだろうが」
「……あんたには関係ないことよ。あと、私の名前はアデルって何度言えばいいのかしらね?」
「俺に勝ったら呼んでやるよ。第一、それを言うなら俺の名前はカイだ。ほれ、呼んでみな。何せ、俺は勝者だからな」
「…………今、ここで、焼き殺してあげてもいいのよ?」
アデルが冷笑を浮かべ重魔法を並べ始める。
それを見たカイは呆れた表情を見せ、結界を解いた。手で唖然としている店員を呼ぶ。
「は、はいっ!」
「長く居座って悪かったな。勘定」
「……あのぉ」
「ん?」
「えっと、御二人はどういうご関係なんでしょうか? 連日、ずっと王帝兵棋打たれているようですけど……」
「暇人と不貞腐れた餓鬼だな。ほいよ、釣りはいらねぇ。明日は」
「明日も同じ場所を予約するわ。これは、占有代よ」
「! か、かしこまりました。明日も予約しておきますね」
店員はカイから銀貨、アデルから金貨を受け取ると慌てた様子で戻って行った。
カイは肩を竦め、歩き出し、アデルもその後を追う。
入り口を抜けると、外は真っ暗。星が瞬いている。
身体を伸ばしたカイは後ろを振り返り不機嫌そうな少女に尋ねた。
「遅くなっちまったなぁ。学生さん、送ってってやろうか?」
「いいわ。その代わり」
「その代わり?」
「宿に泊めて。感想戦してない」
「あー、冗談じゃ……ねぇよなぁ」
「勝ち逃げなんか許さない。とっとと強くなって、あんたをけちょんけちょんにして、笑ってやるわ」
「そーかい。ま、頑張んな。ああ、だけど俺は風が吹いたら船に乗るからな?」
「……半月は吹かない。十分」
不敵な笑みをアデルが浮かべる。
カイは溜め息を吐き、頭をがしがしと掻くと歩き始めた。少女もそれに続く。その表情を見た者は、誰もこれが『魔女』と謳われ、畏れられている天才少女とは思わなかっただろう。
――月だけが二人を見ていた。
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