外伝5:盤上に踊りし魔女

外伝―23 盤上に踊りし魔女①

 コーネリアに停泊中の飛空艇甲板。

 既に陽は沈み、空には月と星が瞬いている。

 気持ち良い潮風が吹く中、軽口を叩きあう二人の男女。優しい魔法の灯りが周囲を漂っている。

 テーブル上には、透明な正方形の箱。

 小さなマス目に区切られ、山、谷、川といった地形が驚くほどの精巧さで再現され。剣、槍、斧、杖を持った無数の小さな人形が動き回っている。

 黒髪で、薄い寝間着姿の男――カイが、駒を動かした。

 

「右翼へ、騎兵を三個。左翼へ同じく騎兵を二個」

「相変わらずの包囲殲滅? 芸がないわね。どーせ、見せ駒でしょ? 中央部へ長槍兵を三個。その後方に魔法兵を三個よ」

「そういうお前も、昔と同じ魔法火力重視か? 前に散々泣かしてやったろ?」

「はぁ!? 何時、何処で、誰が、この八英雄が一人にして、大陸最高かつ最強で、世界で一番可愛い大魔導士アデル・アーネルを泣かしたっていうの?」

「自分で自分を世界で一番可愛いと言って、照れる自由都市の元学生かなー」

「うぐっ。ほ、ほらっ、あんたの番っ!」


 ほのかに頬を赤らめたアデルが、カイの手番を催促する。

 声をあげながらも、カイを見つめる瞳に苛烈さは欠片もなく、純粋な嬉しさを湛えていた。寝入っている他の少女達がいたら、世にも珍しい大魔導士の調子が合っていない鼻唄と、足をぶらぶらさせ、心を許しきっている一人の赤髪の美少女を見る事が出来ただろう。

 ただし……クレア、ルル、オルガがいたら、自分達にないモノに愕然とし、即刻暗黒面に囚われるかもしれないが。


「中央に長槍を三個。工兵を一個」

「ふ~ん……何か企んでるわね? とっとと吐いた方が身の為だと思うわよ?」

「ばーか。三手中一手が相手に基本分からないのと、一兵科を最大三つしか動かせないのが、面白いんだろ? 王帝兵棋おうていへいぎは。大丈夫だって。今じゃ、お前の方が強い」

「……馬鹿にされてる気がする。ま、いいわ。さっきの約束、反故にしたら、うふ?」

「おっと、待とうか、アデル。ここでその数の重魔法は洒落にならん。昼間、散々撃ったろうが。飛空艇を沈める気かよ。魔力量、オカシイだろうがっ!! ……俺が負けたら、明日、お前の実家に顔を出す、だろ? 分かってるって。つーか、俺に何の用があるんだ? 天下のアーネル家がわざわざ時間を作るって。あ、もしかして、昔の件か? いや、あれは若気の」

「中央に魔法騎兵を二個。長槍兵を一個。違うわよ。跡取り予定だった愛娘をたぶらかした男の顔を、再度確認しておきたいんですって」

「ひ、人聞きが悪いな、おい……」

「あら? 光栄に思いなさいよ。この私が、身を……その……さ、さ、捧げてもいい、って、言っているのよ?」

「……アデルよ」

「う、う、うっさいわねっ! な、な、慣れてないんだから、仕方ないでしょっ!! ……小さい頃から、こればっかりで、そういうの履修してないのよっ!!! あんたの番っ!!!!」


 手をぶんぶんしつつ、アデルが抗議。

 カイは頬を掻きつつ目を背け、駒へ指示。


「右翼に重騎兵を二個。魔法騎兵を二個。ほ、ほら、お前の番だぞ」

「……どーして、こっちを見ないのよ?」


 赤髪の少女は不満そうにカイを詰問。

 しかし、問いは返ってこず、手が振られるばかり。

 ますます、頬を膨らましたアデルは、低い声を出した。 


「……そう、そんなに私の顔を見たくないのね。じゃぁ、仕方ないわ。叩き潰して、強制的に見てもらうからっ。魔法騎兵と魔法兵三個。中央へ!」


 カイは、小声で「違うっての。ったく、少しは自分がもうチビじゃないっていう自覚をだな――」と呟いていたが、怒りと勝った後の妄想忙しい少女には届かなかった。

 ようやく、心を落ち着かせたカイは、盤面越しにアデルを見た。瞳は光り輝き、生き生きとしている。

 

 ――昔、見た硝子玉のような、死んだ瞳ではない。


 彼女は、アデル・アーネルは、生きていた。

 思わず笑顔になってしまう。

 かつて、自分の価値を一切認めず、ただただ、家の為に王帝兵棋を打ち続け、世界の全てを呪い絶望し、魔女とまで呼ばれた少女が。

 視線に気づいたアデルは、怪訝そうに尋ねる。


「……何よ? ようやく、私の可愛さに気付いたの? はぁ、何て遅いのかしら。そんなの、五年前の段階で気づいておくべきでしょ? これだから」 

「んーそうだな。アデルは可愛くなったな」

「!?」 


 椅子からアデルが転げ落ちそうになる。

 机に手をかけ、立ち上がると、まじまじとカイを見つめ、やがて理解の色。 


「……ふ、ふんっ! み、見え透いた時間稼ぎねっ! そ、そんな簡単に、この大魔導士たる、わ、私が引っ掛かるとでも」

「本心だって――お前はほんと可愛くなった。たとえ、今日初めて会ったとしても、俺はそう思っただろうな。惚れちまいそうだ」

「~~~~~ぅぅぅ!!!!」

「!? ま、待てっ! お、落ちつけ、アデル。まずは、その重魔法を消せっ」


 羞恥心の限界を超えたアデルが、真っ赤になりながら重魔法を並べ始める。

 なだめつつも、カイは優しい笑みを浮かべていた。昔の自分へ話しかける。

 おい、あの生きながら、死んでいた餓鬼が、今や、こんなに立派になったぞ。お節介も偶には


「…………早く打つっ! で、とっとと負けるっ!!」


 まぁ、少し元気になり過ぎかもしれんが。



※※※


 かつて、ここ、コーネリアには魔女と謳われた、無敵無敗の棋士がいた。

 その少女には、当代一流の棋士達ですら歯が立たず、王帝兵棋の歴史全てを塗り替える事は確実――そう言われていた。

 当の少女本人と、ぶらり、とやって来た一人の男を除いては。


「……所詮、私は『駒』に過ぎないんだから」

「お前は馬鹿か?」

「なっ!?」

「人は人だ。駒なんかじゃねーよ。そんな事も知らなかったのか? 馬鹿だなぁ、お前」


 ――これは『魔女』と呼ばれ、世界を呪い、全てに絶望していた少女が、以後、生涯彼女を照らすことになる『光』を見出す物語。

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