『不可能を可能にする方法は……ただただ、訓練あるのみ、です!』⑪

「おーい、クレア、まだかー」

「ま、まだですっ! と、殿方はこういう時、黙って待っているものですよっ!!」

「へーへー。……何か、この台詞、今日何度も言ってる気がすんな」


 試着室の外から、カイが声をかけ、離れていきます。

 まったく分かっていません――『ん? お、これ美味いぞ。ほれ、食べてみろよ』『!?』――羞恥心で思わず壁に拳を突き立てそうになるのを、生まれて以来、最大の自制心を働かせて抑えこみます。

 な、何なんですかっ。私を殺すつもりなんですかっ。普段とまったく、違うじゃないですかっ!? もうとっくの昔に仕留められてるのに、これ以上、仕留めてどうするんですかっ!!!

 

 ……荒く、息を吐き、どうにか気持ちを落ち着かせます。


 大丈夫、クレア、貴女は出来る子です。大丈夫、大丈夫です。少なくとも、今日のカイに瑕疵はありません。あるのは私の方です。

 姿見に映る自分を再度、確認します。

 ……似合って、いるのでしょうか? 彼は褒めてくれるでしょうか?

 不安です。怖いです。足が竦みます。戦場よりずっと怖いです。

 他の子達に比べて私はスタイルが良くありません。ルルやオルガ、セレナには勝っていますが……でもでも、こ、こんな肩が出ている服なんか……。

 い、いいえ! クレア、思い出すんです!! 

 貴女は、今日この日まで、過酷な訓練をしてきた筈です。その中には、彼から服を選んでもらう想定もありました――いけますっ!

 意を決し、カーテンを開けるとカイは女性店員さんと何やら楽しそうに談笑中。


「本当に、可愛い彼女さんですね」

「彼女ではないんすよ。腐れ縁がしっくりきますね。まー可愛いのは同意しますけど。あれで案外と乱暴なんで」

「……こほんっ」


 これみよがしに咳払いをします。乱暴って……少しはやり過ぎる時もありますけど、女の子の甘えに対する言葉じゃありません! 私がいない所で、すぐにそうやって女の人と――ひぅ。

 彼は満面の笑みを浮かべながら、私を優しく撫でてくれます。


「似合ってるな。それじゃ、これこのままで」

「はい、ありがとうございます」 

「カ、カイ、あの、その……」 

「ん? 気に入らなかったか??」 

「い、いえ、そ、そんな事は……ないですが……」

「ま、何時も面倒かけてるからな。今日くらいはさ。あーそれと」


 ポケットから小箱を取り出し、開けました。

 入っていたのは、綺麗なネックレス。


「胸元が寂しいだろ? 偶にはお洒落しとけ」

「え、あ、う、し、しょの……」

「? 着けるぞー」


 カイが近付いてきます。ち、近いです。近すぎますっ。し、心臓がもた。

 ――……はっ。い、今、一瞬意識が飛んでいました。

 うぅぅぅ。は、反則です。ズルいです。普段は、怠け者で、意地悪なのに、どうしてこういう時だけ、とっっっても優しくするんですか!!! 

 ……ズルいです。


「よし、それじゃ次は何処へ行く? 夕方まで時間はあるし、行きたい所へ付き合う――クレア? どうした?」 

「カイ」

「お、おぅ」


 俯きながら、恐る恐る手を伸ばして、彼の服の裾を掴みます。

 え? 抱きつけ? そ、そんな事をしたら――——…………はっ。ほ、本日二度目の意識飛ばしです。わ、私には、は、早過ぎますっ。

 なので、今の私にはこれが精いっぱい。顔が真っ赤になっているのは分かっているんです。きっと、林檎より赤いです。

 目の前からは笑い声。うぅー。


「ってぇ。け、蹴るなよ。ドレスが汚れるだろうが。ったく」

「きゃっ。カ、カイ、にゃ、にゃにを」

「んー? エスコートってやつかな。クレアが綺麗になったから、次は俺の服を選んでくれよ。な?」

「は、はひっ!」


 うわーうわー。カイが近いです。行きもすっごく近かったですけど、う、腕と腕を組んでだと、その、感触が余計に……私、もう一生涯の幸運を使い果たしたんじゃないでしょうか。

 ――神様、有難うございます。

 今の今までまっったく信じてませんでしたし、戦場で意味のない説教とかされた時は、何度も斬りつけましたけど、貴女、結構良い方だったんですね。認識を改めます。石の下のダンゴムシ君に格上げ、三階級特進の栄誉を授けます!

 店員さんへ挨拶をして、次のお店へ向かいます。カイはカッコいいので何を着ていても、私は気にしません。

 でもでも、どうせなら、普段は絶対に着なそうな礼服とか――特大の殺気。

 降ってきた大火球を片手で抜いた剣で、斬って捨てます。カイ、離れようとしないでください。デートはまだ途中です。


「喧嘩なら買いますよ? ただし、カイとのデートが終わった後ですが」

「…………上等ね。私が、やれ、婿をもらえだの、やれ、実家を継げだの、七面倒臭いやり取りをしている間に、抜け駆けするなんて万死に値する。燃やして、灰にして、更に燃やすっ!」

「ちっちっちっ、アデル、貴女ともあろう人が、状況判断も出来ないのですか?」

「? 何を言っているのかしら? 命乞いとは地べたに這いつくばって、泥をすすってするものと相場が決まってるのよ?」

「ふっ……甘いですね。見てください、この服を! そして、ネックレスをっ!!」

「それがどうした――……ねぇ」  

「! お、おぅ?」 

「クレアが着ているそれ、誰が選んだのかしら?」

「あーえーハハハ。今日は良い天気」 

「当然、カイが、私だけの為に、わざわざ、選んでくれましたっ! 勝負ありです。諦めてください」

「ク、クレアさんっ!? ど、どうして、ここで油田の中に炎魔法をぶちまけるのですかっ!!?」

「…………」


 アデルの瞳から焦点が喪われ、膨大な数の重魔法が展開され始めました。魔王戦より幾分多いですね。ま、問題ありません。今の私に敵は無し!!!!

 

「ク、クレアさん? ア、アデルさん?? こういう所で揉め事を起こすのは……」

「アアッ?」

「やれやれですね――カイ、少し待っていてください。お邪魔虫を排除しますから♪」 

 

 

 ――その後、騒ぎを聞きつけたアリス達も乱入してきて、しっちゃかめっちゃか。余波でコーネリア市街の一区画は、完全に焦土と化しました。まぁ、即日、復旧賠償しましたけど。

 カイから贈ってもらった服とネックレスは私の宝物になりました。なるほど、カイはこういうのが好みなんですね……勉強になります。とりあえず、色違いを注文しておきましょう。そうしましょう。

 これからもまた、頑張らないといけません。


 不可能を可能にする方法は……ただただ、訓練あるのみ、なんですからっ!

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