『不可能を可能にする方法は……ただただ、訓練あるのみ、です!』➉

「おい、クレアーまだかー。昼飯に間に合わなくなっちまうぞー」

「ち、ちょっと、待ってくださいっ! せ、せっかちな男は嫌われると相場が決まってるんですよ? そ、そんな事も分からないんですかっ! すぐに行きますから、待っててくださいっ!!」

「へーへー。甲板で待ってるからなー。早く来いよー」


 カイの足音が遠ざかっていきます。

 うぅぅ……むかつきます。ど、どうして、あんなに余裕綽々なんでしょうか。仮にも今日は、デ、デ、デートなんです。

 も、もう少し、こう、照れたり、恥ずかしがったりしてもいいのに、あの男ときたら……!

 ちらり、と姿見に映る自分を見ます。

 …………いけません。私的にはとっても可愛いと思うのですが、何となく駄目な気が。兄さんはともかく。義姉さんが言っていたという忠告が脳裏をよぎります。

 いいえ! 自信を持たないとっ!

 折角、カイが嘘八百を並べて、イナの宿から抜け出してきたんです。この機会を逃すことなんか出来る筈もありませんっ!

 大丈夫です、クレア・ダカリヤ。貴女はどんな戦場だって、乗り越えてきたじゃないですか。 

 でもでも……もし、もしですよ。これで可愛くない、とカイに思われたら……想像しただけで死にたくなります。

 ああ、いっそ、この世界を滅ぼしましょう。そうしましょう。全てを斬って仕舞いに――はっ! い、いけません。わ、私はなんてことを……。


 仕方ありません。か、かくなる上は……。



※※※



「カイ」

「ん? 何だ、騎士服かよ。それで、どうしてこんなに時間がかかったんだよ。偶には私服でもいいだろうに」 

「う、う、うるさいですよ。これなら、どんなお店へ行っても平気ですからね。だ、だいたい、貴方だって普段の恰好じゃないですかっ!」

「あん? おお」

「おお、じゃないですっ! も、もうっ!! わ、分かっているんですか。き、今日は、その……デ、デート、なんですから、ね? 貴方だって、一応、性別は殿方なんですし? こういう時は、リードをしてくれないと困ります」

「そうだな――ま、それじゃ、行くか。ほら」

「!?」


 極々自然にカイが手を差し出してきました。

 ひ、卑怯です。は、反則です。い、いきなりこれですか。……流石です。

 でもでも、私だって、今まで過酷な訓練を重ねてきたんです。この程度の事で動揺なんてしません。ええ、しませんとも!


「クレア? どうした??」 

「う、うるさいですねっ。い、今、掴みますから少し待ってくださいっ!」

「お、おう」


 目を瞑って深呼吸をします。……大丈夫です。私は出来る子です。

 手を掴んで――!!!?


「時間切れだ。ほら、行くぞー」

「カカカ、カイ!? お、降ろして……いえ、降ろさないでくださいっ!」

「どっちだよ」


 私はカイに抱きかかえられて、空を舞っていました。こ、これが伝説の御姫様抱っこ!

 こ、これ、マズイです。し、心臓がもちません。あとあと、カイの顔が近いです。こ、こんなの訓練でも想定していませんっ!!


「なんか、今日のクレアは」 

「な、何ですか」 

「いや、止めとくわ。この至近距離で斬られたら死ぬしな」

「き、斬りませんよっ! も、もうっ!!」

「こ、こら、暴れるなよっ。海の上だぞ、ここ」 

「ふーんだ」


 カイの腕の中で、くすくすと笑います。

 あ、そうです。どうせなら、私からも抱き着いてみましょうか。だって、落ちたら危ないですし? ぎゅー。

 うわ、うわ、うわぁぁ。


「クレア、昼だけど、海鮮の美味い店があるんだ。そこでいいよな?」 

「…………」

「クレア? おーい。英雄様ー。聖騎士様ー」

「…………」

「何でもかんでも斬る騎士様ー」

「……誰が、何でもかんでも斬る、ですかぁぁ。こ、この、このっ! ズボラで怠け者なくせして、可愛い女の子ばっかりにいい顔する、駄目駄目人間っ!!」

「ってぇっ! く、空中で、器用に蹴るなっ! しかも、後頭部を」

「カ、カイがいけないんですっ! ……で、美味しいお店なんでしょうね? 不味かったら怒りますよ。それと」

「ん?」

「……そ、その後は、えっと、何処かへ連れて行ってくれるんですか?」

「昼食べてからのお楽しみだな」

「そ、そうですか……分かりました……」


 ちゃんと考えてくれてたんだ……や、やだ。多分、今、私の顔、林檎みたいになってるんじゃ。うー。

 でもでも、嬉しい……あ、あれ? こ、これって、す、すっごくデ、デートぽくありませんか?? 

 思わず、まじまじとカイの顔を見ます。何も喋らなければ


「――カッコいいですね」 

「んー? どうした?? あ、寒かったか。軽く結界は張ってるんだが」 

「……ちがいます。カイは、普通な顔だなって思っただけです。勿論、身内故の甘さ込みで」

「ひ、ひでぇなぁ。これでも、戦争中は少しだけモテて――こ、こらっ、また、蹴ろうとするなっ。すいませんでした。見栄はりました。全然、モテませんでしたっ。モテたのは、ヨハンばかりですっ!」

「…………詳しく」


 その後、店に着くまでカイから、色々と情報を聞き出しました。

 ……兄さん、私は残念ながら義姉さんの味方なのですよ? 浮気者、死すべしっ!!

 ただ、カイの話も気になります。だって、この人です。無意識にきっと、撃墜しているに違いありません。

 今度、手紙で交渉してみましょう。何か、得られるかもしれませんし。


 

 ――なお、空から降り立った私達を見て、町中の人達が騒いだのはちょっとした事故です。

 ええ、そうです。決して、舞い上がっていたから隠蔽魔法を忘れたわけじゃありません。……嘘じゃありませんよ? 

 嘘つきはカイの専売特許。

 聖騎士たる、この私は清く正しく美しいんですから。

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