『不可能を可能にする方法は……ただただ、訓練あるのみ、です!』➈
「わぁわぁ、凄く広いですね!」
「くわぁ」
「湯がまだ濁っているぞ……自分で掘っておいてなんだが、ここに入って、だ、大丈夫なのか?」
「ははは、大丈夫だよ。何せ、今日、出た温泉なんだ。旦那が魔法で調整してくれたから、入る分には問題ないさね。前の温泉も時々、こうなったよ」
「~~~♪」
「あ、ゼナの嬢ちゃん、まずは身体を洗ってからっ!」
「やぁぁ。イナ、意地悪……」
「ふふふ、ゼナ。ちゃんと髪と身体を洗わないと、カイ様に嫌われてしまいますよ? 『ゼナは悪い子だな』って」
「! ゼ、ゼナ、いい子! ソフィヤ、後で髪洗ってくれる?」
「はい♪」
セレナが目をまん丸にしてはしゃぎ、オルガは少し不安そうにしています。そのまま温泉に飛び込もうとしたのをイナが止め、ソフィヤがたしなめています。
私達の目の前には、泳げるくらいに広い石造りの大浴場。
これを、僅か一日で作った、と聞いたら大半の人は驚くでしょう。しかも、男女別ですし。立派な屋根までありますし。
私達がいたから出来た、とはいえ……相変わらず、無茶苦茶しますね、あの人。きっと、ネジが幾つか外れているのでしょう。
「――クレアさん、どうかしましたか?」
「ああ、アリス。何でもないんですよ。カイがする事は無茶苦茶だと思っていただけ――……ハイ、有罪です。ですよね、ルル?」
「…………みんなみんな、有罪。敵ばかり。私は、私も、私だって」
「――? 取り合えず、早く身体を洗いましょう。風邪をひいてしまいます」
アリスが小首を傾げながら、歩いていきます。
ふ、不可解です。つい先日まで、わ、私とアリスは同じくらいだった筈。なのに、なのに……い、何時の間にあれ程の戦闘力を。
隣ではルルが下を向いて、古代ドワーフ語で呪詛を吐き出しています。まぁ、残念ながら私達に、そういうの効かないんですが、結構、ヤバイやつです。
そっと胸元を見――光の無い視線が私を貫きます。どうやら、暗黒面に堕ちてしまったようです。嘆かわしいですね。
「……クレアモワタシノテキ……」
「ルル、物事を短絡的に考えてはいけません。貴女も私も――成長期はこれから。最後に勝てばいいんです。そうでしょう?」
「…………ホントウ?」
「ええ! 如何に敵が強大といえども、少なくとも私達には未来が――輝かしい未来があります! 齢を重ね、これから先、未来がないオルガとは違うのですっ!」
「――……私が間違ってた。ありがとう、クレア」
「ふふ、いいんですよ。私達は戦友じゃないですか。あの魔王ソフィヤ……には勝てなくとも、アリスやアデルには勝つのです。なんとしてもっ。オルガ程度に手間取るわけにはいきません」
「…………クレア、ルル。何やら、不愉快な言葉が聞こえてきたのだが?」
私とルルが友情を再構築していると、後方から極寒の殺気。
振り向くと、微笑を浮かべたエルフの美女が立っていました。
悔しいですが、とんでもなく綺麗です。エルフの女王に! と推挙されたのも頷けます。
ただし――くすり、と笑います。
「ク~レ~ア?」
「ああ、すいません。オルガは綺麗だな、と思っただけです」
「……視線が私の胸元を見ていたような気がするが?」
「気のせいです。御自身が気にされているからでは?」
「ほぉ……クレア、それにルルよ」
「何でしょう」
「何」
「お前達に良い事を教えてやろう。確かに私は、この中では最年長かもしれぬ。成長期も終わっている。だが――我が一族の先達達が、何にも対策してこなかったと本気で思っているのか? 我が一族内には、同じ悩みを持つ者達は多いのは知っていように――今、我が手中に秘伝の薬あり!! くっくっくっ……先日、ようやく里に届いたのだ」
「「!?」」
「……残念だ。お前達は同志だと思っていた。あれは私とセレナで分けるとしよう」
「オ、オルガ」
「ま、待つ。暴言を吐いたのはクレア。私じゃない」
「! ル、ルル、裏切る気ですか!?」
「……勝つ為には手段を選べない。クレア、サヨナラ」
「うぐぐぐ」
「はっはっはっ。正義はこうして勝つのだ!」
「みなさ~ん、どうかされたんですかぁ?」
「「「!」」」
だ、駄目です。み、見てはいけません。見たら、心が折れてしまいます。
落ち着いて視線を向けず、洗い場へ――ソフィヤが、きょとんとした、表情で覗き込んできました。
「? ルルさん??」
「…………クレア」
「…………何です」
「神様はきっと死んだ」
そう言うと、ルルが目にも止まらぬ速さで洗い場へ。
泣いていました。あの戦場で武名をほしいままにした、戦神が。
ですが、ですが……わ、私も心が折れそうです……。
「あ~ルルさん、走っちゃ駄目ですよぉ。クレアさん??」
「……何でも、何でもありません。取り合えず、オルガ、休戦しましょう」
「……分かった。何処かの戦場で神に会ったら、全力でぶち殺そう」
「ええ」
「????」
こういう場においては、最強の魔王――もとい、聖女であるソフィヤは首を傾げています。同時に、胸が揺れます。こ、これが天然の力……!
私とオルガが、戦力差に絶望していると、木で簡易的に仕切られている男湯へ向かって、素っ裸のゼナが叫びました。
「マスター、マスター♪」
「ん~?」
「そっちいきたい!」
「あ~……イナかアリスか。ゼナを見張ってくれ。本気で飛んでくっから」
「分かったよ」
「――はい♪ その代わり、カイ様、お、お願いしてもいいですか?」
「何だ~」
「――その……せ、石鹸を忘れてきてしまって、お借りしてもよろしいですか?」
「ほらよ~」
隣から石鹸が飛んできます。あーあー。
おそらく、過去最速の動きでアリスがそれを回収しました。魔王戦より速かったですよ、今の。表情は幸せそのもの。
気持ちは分かりますけど……釈然としません。
当然ですが、石鹸は他の子達も持ってきています。と言うか、アリス、さっき洗ってましたよね!?
「――ありがとうございます。えへへ」
「お~。早く入れよ~。ほんとっ、いい湯だぞ~。機会をくれた、オルガとセレナ、ゼナ、イナに感謝だな~」
「「!!」」
「そっちいく~~~♪」
「あ、ゼナの嬢ちゃん、だ、駄目だよぉ」
あーうー……ダメです。
黒い気持ちが上がってきます。私はそんな嫌な子じゃない筈です。
だけど、だけど、だけどぉ。
……カイのバカ。
これで、約束を忘れていたら、どうしてくれましょうか。
――なお、温泉はとってもいいお湯でした。
肌がスベスベになりますね、これ。え? む、胸も大きくなる効用が??
……夜中に、こっそりともう一度、入る事にしましょう。け、決して他意はありませんが!
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