『不可能を可能にする方法は……ただただ、訓練あるのみ、です!』⑧
「ええ、分かってはいたんですよ……カイが関わると物事が大仰になるのは、散々経験してきましたし。オルガとセレナがやったことは、私達全員の問題でもありますし、作業することを忌避なんかしません。しませんけど……」
「クレア、次きた。早く斬る。今のところ、私が一番。むふー」
「……まだまだこれからです。いきなり本気を出したらルルと、アリスが泣いちゃいますからね。私はとても慈悲深いんですよ」
「――そう言うクレアさんは最下位です。約束、お忘れなく」
「わ、分かってますっ! 騎士に二言はありませんっ!!」
『お、落としますよ~これで最後です~』というセレナの声が宝珠から聞こえてきたと同時に、私達は跳躍。
リタが遥か上空から落としてくる、数十本の大木を一気に加工していきます。
……ちっ!
一部が風で流されています。このままでは本数的に不利です。最下位だと……今晩の夕食時、カイの隣に行くことが出来なくなってしまいます。
ま、まぁ私は明日、デートしますし?
今日位は、必死で木材を斬っているアリスとルルに譲っても構わないんですが、それはそれ。これはこれです。
座して、敗北を受け入れるのはクレア・ダカリヤにあらず!
射程範囲の大木を、全力で斬り、二人の射程ギリギリの物も一気に奪い取ります。良し!
「む!」
「――やりますね、クレアさん!」
「これで、追いついた筈ですっ! 後は」
落下しつつある、大木へ急降下。
いける! いけますっ! 明日のデートに引き続き、今晩の夕食時の権利すら、我が手中に――瞬間、下から放たれた斬撃によって、大木が切り刻まれ、加工されました。
「「「!」」」
カイが宿の新築図面と睨めっこしながら、左手で『剣』を操っているのが見えました。あ、あの人はぁぁぁぁ……。
私達が加工した木材は、範囲一帯に発動中の風魔法によって速度を減じ、彼の背中に抱き着いているゼナが操る精霊によって、次々と回収、所定の位置へ運ばれ、集積されていきます。
釈然としないものを感じながら、地上へ降り立ち、文句を言います。
「……カイ」
「ん? お、三人共、御苦労さん。木材は全部揃ったみたいだ。少し休憩してくれ。ソフィヤ達が、簡易オーブンで軽食を」
「カイ、勝負の邪魔した」
「――カイ様、わざとですか?」
「うん? 何のこと……あ~悪い。無意識だ。そう怒るなよ。可愛い顔が台無しだぞ?」
「……安い手ですね。何時までも、可愛い、と言えば大丈夫、と思わないことですっ!」
「っ……だ、騙されないっ!」
「――私は騙されます。カイ様、お褒め下さい」
「「裏切り!?」」
「アリスは素直ないい子だな~。今度は石が来る。勝負は合算でいいだろ? 何の勝負かは知らんが」
「マスター、マスター、ゼナもゼナもぉ」
「ゼナも偉かったな」
「♪」
……何でしょう、この敗北感は。
周囲を見渡します。
私達が斬った木材が一か所にうず高く積まれ、ゼナの精霊がそれを次々と組み立てています。
私達が来た当初あった残骸の大半はもうありません。リタによって運ばれ処分されています。
――問題は、その広さです。
オルガ、セレナ、リタが、新しい温泉を掘ろうとした(オルガが、工事中の試掘穴へ思いっきり撃ち抜いたらしいです)事に端を発する、爆発沙汰で、元からあった宿は崩壊しましたが、周囲には幾つかの建物がありました。
当然、それらにも大なり小なり被害が及んでいたのですが……カイは、あっさりとそれらの持ち主と交渉し、土地を含め全て購入。
渡していた金額は、かなりのお金持ちでもある私の目から見ても、おかしかったんですが……アデルと話していましたし、気にしたら負けなんでしょう。図面もささっと引いてましたし、相変わらずほんと謎な人です。
その後はテキパキと私達へ指示を出し、早くも建物の形が出来上がりつつ――とんでもない、轟音が響き渡りました。
目を向けると……水柱が吹き上がっています。
「虹?」
「お~出たか」
「マスター、温泉♪」
「皆さーん、パンが焼けましたよー。大将さんとイナさんお手製のおかず付きですよー」
ソフィヤが全く動じず、私達を呼びにきます。
うぐっ……相変わらずエプロン姿が似合いますね。
カイ……何処を見ているんですか?
ソフィヤが身体をくねらせます。
「カ、カイ様……その、じっと、見られるのは恥ずかしい、ですが……」
「ふっ……仕方ないだろ。美少女のエプロン姿。これを見るのは男の性……がはっっ」
「マスター、駄目~♪」
無言で、私とアリス、ルル、そして珍しく目が笑っていないゼナの肘がカイの
おろおろするソフィヤを連れて、食事に向かいます。女の子の価値は身体的特徴では決まらないんですっ。
……そう言えば、アリスはともかくとして、ゼナって実は発育がかなり……今度、議題にしようと思います。
温泉掘りに興じていたオルガが、意気揚々とやって来ました。
「やったぞ! やれば出るものだなっ」
「……オルガ、私達がいない時にするのは二度と禁止ですからね?」
「死人が出なかったのは奇跡」
「――オルガさん、そういう所はカイ様を真似なくても良いと思います」
「ゼナ、温泉好き♪」
「わ、分かっている。わ、私とて、うっかり、はあるのだ。うん」
「うふふ、オルガさんはうっかりさんですねぇ」
ソフィヤの天然発言を聞いたオルガが表情を引きつらせ、目を逸らします。 ……普段はとても真面目な子なんですが、時折、突拍子もないことをして困ります。まぁ、それは温泉の試掘穴を射撃すればいい、なんて言ったセレナも一緒……あれ? そう言えば、あの子は何処に。
「だ、大丈夫ですか? えっと、えっと、横になられるんなら、ひ、ひ、ひ、膝枕とかっ!」
「……セレナは本当に優しい子だな。何時までもそのまま変わらないでいてくれ。クレア達みたいに、俺を虐めることに努力を傾けるような子にはなってくれるな」
ほぉ……皆さん、食事は少し後にしましょうか。
――その後、石材を含めた加工勝負は、三者互角と相成りました。宿屋の完成は、もう少しかかりそうですね。
え? カイ? 知りませんね、そんな人は。
少なくとも明日までは。
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