『不可能を可能にする方法は……ただただ、訓練あるのみ、です!』➆
カイとゼナに連れられ、皆でやって来たのは、こじんまりとしていて清潔感に溢れていた宿屋―—の跡地でした。
完全に崩壊している元店先には、動揺している見知った二人と一匹。その近くには顔を引きつらせて笑っている若い女性と、顔面蒼白で今にも倒れそうな年配の男性。周囲には野次馬達。
まるで戦争でもあったかのような有様です。ここでいったい何が?
ゼナを抱きかかえながら、カイが声をかけました。
べ、別に羨……しくなんか「羨ましい。ズルい」ルル、本音が漏れていますよ? アリス、ソフィヤ、目が怖いです。
「随分とまぁ、派手にぶっ壊れたなぁ、おい」
「ああ、先生……面目次第もない……」
「あぅあぅ……ご、ごめんなさいっ」
「がぅ……」
「いや、そう謝られても。元気そうだな、イナ」
「? ―———ああ! あんた、あの時の旦那かい!? 久しぶりだね。何だ、ゼナちゃんだけじゃなく、この人らも関係者だったのかい?」
「あーうん。そんなもんだ。で、何があった? この卵が腐ったような臭いからすると、温泉でも掘ってたか?」
「……流石だよ。その通りさ。原因は分からないけど、爆発したみたいでね」
イナ、と呼ばれた女性が嘆息しながら私達へ近付いて来ます。かなり疲れているようですね。
カイに引っ付いていたゼナが、珍しく彼の腕から自主的に降り、女性に飛びつきました。
「イナ、大丈夫?」
「あー……ちょっと、大丈夫じゃないかもね。ハハハ」
「う~。マスター」
「心配すんな。まずは、何があったか聞いていいか?」
「……うん。と、言ってもそこまで話す事はなくてね。昨日、ゼナちゃん達が泊まりに来てくれて、そしたら今朝方、寝てる所を叩き起こされたんだ。『爆発するから早く逃げてっ!』ってさ。半信半疑だったけど、みんなで避難した直後に……ドカン、さ。幸い泊まっているお客さん達には怪我もなく、死人も出なかったんだけどね……原因は、最近掘った温泉だと思う」
「温泉か。そいつはいいなぁ」
深刻そうなイナに対して、カイが軽く受け答えします。
ち、ちょっと、この状況で何て態度なんです―—あーあー!!!
「だ、旦那!? な、何を、す、するのさ。あ、あたしだって、もうあの頃みたいな小娘じゃ……」
「ま、死ななかったんだ。生きてりゃどうとでもなるさ。嬢ちゃんにはあの時の借りがある。それを返さないといけないからな」
「だ、旦那……」
カイは極々自然に、イナの頭を優しく撫でています。
……有罪です。これは大罪です。無罪可能性零です。
よりにもよって、私達の前で浮気をするなんてっ!
既にアリスの目から焦点が喪われ、ソフィヤが禁忌の魔法を紡ぎ始めています。
他の子達も―—あ、あれ? 普段なら、すぐさま行動するだろうルルは珍しく思案気。オルガとセレナはあからさまにほっとしています。
力なさげだったリタが飛んできて、彼の肩に止まり、頬を舐めます。
「ぐるぅ」
「ったく、やんちゃ過ぎだぞーリタも。ゼナ、イナを助けるけど、お前もやるか?」
「あーい♪」
「いい子だ。オルガとセレナは強制参加だ。いいな?」
「「は、はい」」
「クレア」
「な、何ですか。大人しく、その首を私に差し出す気に」
突然、耳元で囁かれました。
「(すまん。デートは明日、な)」
「!?」
ちゃんと覚えていてくれた……!
この場で踊りたくなるくらいに、強い歓喜の気持ちが、心の奥から湧き上がってきました。
明日、明日ですか。あ、な、何を着ればいいんでしょうか?
王宮で着た蒼いドレスでしょうか? あれは義姉さんが選んでくれた凄く綺麗な物です。あれなら、カイだって……。
でもでも、街を二人でぶらつくのには不向きです。一度見せていますし。
かと言って、私服は……。勿論、幾つか持ち込んではいますが、愚兄からは奇妙な言葉を貰っています。
『……それを着るのは止めておけ。百歩譲って寝間着だ。カイに呆れられたいなら止めはせんが。ああ、これは俺だけではなくテレーザも同意見だ。いいか、テレーザもだ』
兄さんだけならともかく、義姉さんまで反対というなら止めておいた方が良いのでしょう。
となると、私に残された選択肢は―—後方から両肩を掴まれました。
「―—クレアさん」
「今、カイ様から何を言われたんですか?」
「ア、アリス。ソ、ソフィヤ。い、いえ、大した事ではありませんよ。気にしないで下さい」
「―—では、カイ様にお尋ねしても?」
「よろしいんですよね?」
「そ、それは……」
二人からの視線が突き刺さります。こ、これは窮地です。
けれど……ここで退くわけにはいきません。教えたら、全員ついてくるに決まってますっ!
どうにかして切り抜けないと……そうです。もう一人の当事者は何処へ?
カイが声をかけてきます。
「そこの三人。俺達は、今日、ここで作業するがお前らはどうする?」
「カイ、必要ない。私一人でもいい」
「る、ルルさん、そ、それは駄目ですぅ。私とリタがしないと意味が……」
「そ、そうだ。先生、私は何をすれば良いだろうか?」
「マスターとゼナは一緒♪」
「だ、旦那。そんな、悪いよ。うちはお金もないし……」
「気にするな。さっきも言ったが、前の礼だ。それに、子供が遠慮するのは可愛くないぞ」
「も、もう子供じゃないんだけど……」
「俺からすれば子供だよ。あ、旦那がいるなら」
「い、いないよっ!」
あ、あれ? いつの間にか分かれてる!?
し、しかもカイが女の子を口説いています。イナも満更じゃなさそうですし……アリス、ソフィヤと視線で会話します。
―—ええ、ここは休戦にしましょう。休戦にすべきです。……私の疑惑ですか? そんなものはありません。このクレア・ダカリヤ、隠し立てなどということはしたことがありませんので。
「おーい、どうするんだ?」
「「「当然、参加しますっ!!!」」」
仲間外れは嫌ですし、離れるのも嫌ですからっ。
―—作業しながら、明日の服装……は置いておくにしても、プランを考えることにしましょう。
大丈夫、貴女はやれば出来る子です、クレア。
あの朴念仁の度肝を抜いてみせましょうっ!
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