『不可能を可能にする方法は……ただただ、訓練あるのみ、です!』⑥

「――ただいま戻り……これは、いったい?」

「カイ様、クレアさん、ルルさんただいま戻りました。わぁ、どうされたんですか? 焼き魚? ですよね? 美味しそうな匂いがします」

「おうっ、お帰りっ……あー、クレアさんや」

「……何ですか」

「そろそろ、休戦にしませんかね?」

「……話したら」

「分かってるって。ルル! お前、俺にクレアを押し付けて、さっきからずっと食べてるってどういう事だよっ!! 俺達は戦友じゃなかったのか!?」

「……鈍感なカイなんて、何度か斬られて死ねばいい。それに、クレアだってカイに構ってほしいって、むぐっ」

「……ルル、少しお話しましょうか?」


 カイの両手に挟み込まれていら愛剣を鞘に納め、私は不満気なルルの口を押えました。べ、別にカイだけを狙ったわけじゃありません。巧妙な、そう、余りにも巧妙な誘導によるものです。他意はないのです。

 甲板に出てきたアリスは少し驚いていましたが、肩を竦め空いている、もう既に粕漬を食べているソフィヤの隣の椅子へ座り、興味深げにテーブルの上の料理を見ています。


「――カイ様、これは?」

「ん? ああ、昨日のお土産だ。朝はもう食べただろ? 昼、食べるといい」

「カイ様、こ、これは……神様の食べ物ですね♪ とーってもっ、美味しいです」

「美味いのには同意すっけどな、こうしても美味いぞ。クレア、塩と水を取ってくれ」

「? はい、どうぞ」 

「ありがとよ。アリスも少しは食べるか? ルルはいらんよなぁ。あれだけ、食べてたんだし」

「――え? あ、は、はい」

「む……そうやって、私を除け者にしようとするのは良くないと思う」

「腹一杯だろ?」

「げ、限界じゃない」

「昼が美味しく食べれなくなるぞ。それじゃ、アリスとソフィヤの分な。よっと」


 カイが、置かれていた新しいお皿の上に温かいコメを取り出しました。

 上から塩を軽く振り、満遍なく混ぜ混ぜ。残っていた粕漬の身を少しほぐし、皮は炭で少し炙り。コメに窪みを二か所儲けました。

 そして、自分の手を水魔法で洗った後、飲料水を手に付け、いきなりコメを握りました。へっ?

 アリスとソフィヤも興味深そうに眺めています。私達はコメを食べる習慣がありませんでしたしね。

 ――出来上がったのは、三角形をしたコメ。あ、なんか可愛いです。新しいお皿の上に一つずつ置かれて、二人の前へ。

 ……あれ? そう言えばおかしいですね。私の分がないような。


「ほらよ。アリス、ソフィヤ、ご苦労さん。昼はもう少し凝った物を作ってやるから、今はこれでな。おにぎり、ってやつだ。単純だが、美味いぞ」 

「――カ、カイ様、これをた、食べてよろしいのですか?」 

「ん? あ、俺の手で握るのが嫌だったか。わりぃ。気にするなら、慣れてるルルに渡してくれ」

「――駄目ですっ! こ、これは、私のですっ!」


 珍しくアリスが、慌てた様子でお皿を持って立ち上がり、甲板端まで後退しました。

 ……ちっ。思わず舌打ちしてしまいました。

 もう少し遅ければ奪えて――ルル、貴女は散々食べた筈ですよね? ここは、私に譲っても「……映像宝珠の件」そ、その件はもう取引済みの筈ですっ!

 少々殺気立つ中、ソフィヤがオニギリを両手で持ち、小さな口に含みました。

 目を見開き、身体が左右に揺れ、両足をぶらぶらさせています。

 この子、普段は『聖女』としてきちんとしているんですけど、私達や、特にカイの前だと素になるんですよね。


「カイ様、これっ、とてもとても、良い物ですね♪」

「だろ? 本当は、塩だけじゃなく炒った胡麻を混ぜるんだがな」 

「海苔も必要。私はパリパリ派」

「あ~確かにな」

「探しましょうっ! このお魚も美味しいですしっ!! たくさん、買っておいて損はないのではっ!」

「おおぅっ。ソフィヤ、出すぎ、出すぎだ。……その、だな」

「む……?」


 カイが距離を詰めたソフィヤから目を逸らしました。視線の先は――へぇ。

 無自覚な『聖女』様を引き離し、少しだけ頬を赤らめている、『大英雄』様へ尋ねます。


「カイ」

「……待て。話し合おう。お、俺だって男なんだ。し、仕方ないだろっ! お前からも言ってくれよっ」

「有罪――と断定したいところですが、ソフィヤ、貴女もです。わざと、ボタンを開けてましたね?」 

「だ、だって、最近またキツクて……それにカイ様になら、私は……」 

「キ、キツイですって……」 


 私は視線を下へ向けました……ふ、普通です。い、一般的な筈です。決して、八人の内で、下からというわけではありませんっ。ほ、本当ですよ?

 ……横を見ると耳を押さえ、現実逃避をしている白髪ドワーフの姿。思わず涙が。

 それに引き換え――くっ! 

 嗚呼、神よ。幾ら何でも、ここまでの差をつけた理由はいったい何なのですか? 納得出来る答えを、早急にご提示下さらないと、私とルルは、何時かあなた様の首をっ!


「――カイ様」

「ん? お、アリスも食べたか。どうだった? 美味かったろ?」 

「――……」

「「「!」」」

「おおぅ? どうした??」

「――いえ。少しこうしていたい、と思ったので」  

「そっか。アリスお嬢様は、昔から甘えたさんだったからなぁ」


 音もなく近づいてきたアリスが、突然カイへしな垂れかかりました。

 カイ手製のおにぎりを食べた事で、ちょっとたがが外れてしまったようです。

 し、しまった。ソフィヤ問題に気を取られ油断していました。ふ、不覚……あーあー。そ、そんなに優しく抱きしめなくてもいいじゃないですかっ! わーたーしーもっ!!

 両手で机を叩く音がしました。


「カイ様!」 

「ん~?」 

「次は私もお願いします♪」

「カイ、私も」

「別に何の御利益もねーぞ。ったく……アデルの嬢ちゃんには内緒だからな? 殺されちまう」

「!?」


 え? ええ? い、いいんですか???

 そ、そんな簡単に抱きしめてくれるんですか!? 何時もはあんなに鈍感かつ、ヘタレなのに。

 でも……これは、またとない好機です。出遅れはしましたが、ここで私も名乗り出て、耳元で、デデ、デートの誘いをすれば――上空から、何かが急降下する気配がしました。本来であれば、色々な物が舞い上がるのでしょうが、見事に風が制御されています。

 カイは上空を見上げると、右手でアリスを抱えながら、左手で落下してきた子を受け止めました。

 え、ちょ、ま、まだ、私の番が回ってきてないんですけどっ……!



「マスター♪」 

「……ゼナ、危ないぞー? おかえり。オルガとセレナはどうした?」

「ただいま♪ えっと、えっと、お手紙! マスターに、イナのとこへ来てほしいって!」

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