『不可能を可能にする方法は……ただただ、訓練あるのみ、です!』➁

 ――翌日の早朝、私達が乗る飛空艇は。予定通り商業同盟の中心都市コーネリアへ到着しました。

 艇内はまだ静かです。おそらく、皆まだ部屋で寝ているのでしょう。

 港へ着水する時もほとんど振動を感じませんでした。アデルが拘りぬいただけの事はあります。戦闘以外は自動航行なのも有難い点です。少し前だったら、誰かしらは艦橋にいる必要がありましたし。

 顔を洗い、剣を持って部屋を出ます。剣士たるもの、訓練を欠かすわけにはいかないのです。最近サボってましたけど。

 ……決して、今から寝たら絶対に起きれない、わけではありません。

 飛空艇甲板を目指して廊下を歩いていくと、窓から朝日が艦内に優しく差し込んでいます。一晩中、特訓していた身には堪えますね。

 

 ですが、私は遂にやり遂げました。やり遂げたのです。今の私ならば、何も問題はありません。


 完璧、そう完璧なのです。今の私、クレア・ダカリヤに怖いものなど存在しません。今日こそ……諸々の決着をつける時です! 

 愛剣握りしめつつ、私は甲板へ出る扉に辿り着くと、それを開きました。

 大事の前の小事。

 何時もの訓練で荒ぶる心をまずは落ち着け、シャワーを浴び、身支度を整えた上で、その後――決戦に挑むのです! 

 あの朴念仁で鈍感で女心がまるで分かっていないあの男へ、今日こそは目にもの見せて――。


「…………」


 それを見た時、声が出ませんでした。 

 降り注ぐ朝日の中、煌めく剣。そこには一部の隙もなく。理想的な剣舞。

 そして、次々と展開され、発動せず消えていく魔法陣は余りにも幻想的。

 何より――ぅぅぅ~~~っ!


「―—ん? お、何だクレアか。おはよーさん。早いな、どうした?」

「え、あ、そ、うぅ……」

「? ああ、お前も朝練か。熱心だな。俺はそろそろ引き上げるわ。何せ」


「マスター!」


 未だ呆然としている私の隣をすり抜けて、寝間着姿のゼナが、のカイへ突進。そのまま抱き着こうとしましたが、風魔法で受け止められ阻まれました。

 遅れてゆっくりとリタが飛んできて、彼の頭へ着地。


「う~~! これ、やっ!」

「駄ー目。今、汗かいてるからな。それよりも、ゼナ。朝、会ったら何て言うんだっけ?」

「マスター、大好き♪」

「!?」

「ん、俺も大好きだぞー。じゃ、その後は?」

「!!?」

「マスター、おはよ♪」

「いい子だ。おはよう。リタもな。セレナはまだ寝てるのか?」

「くわぁぁぁ」

「そっか。あいつは朝弱いからなぁ。ん? 何だ、アデルもか。後で起こしてあげような。でないと、あいつら昼まで寝てるぞ。ルルは……また迷子かよ……。あいつの方向音痴は、もう末期だなぁ。よし、あいつも探そうか」

「ん♪」


 カイがゼナの頭を撫でながら、優しい笑顔を向けます。

 ……ズルいです。私の事は何時もからかってばかりのくせに。

 第一、女の子の前で、上半身を見せたまま……細身だけれど、相変わらず見事な筋肉ですね。あ、あんな所に傷跡が。前はなかったのに。


「カイ様、おはようございます。御着替えとこれで御身体を――私がお拭きますね。クレアさんとゼナさんも、おはようございます。いい朝ですね」

「ソフィヤか。おはようさん。毎朝、この時間に起きなくてもいいんだぞ? これは俺の習慣だしな。それと、身体は俺が」

「私が拭きますから、動かないでくださいね? ゼナさんも、はい」

「マスターじっとしてて♪」

「…………軽くでいいからなー。すぐ、シャワー浴びるし」

「なななななぁ!?」


 ソフィヤとゼナが手慣れた様子で、カイの身体を濡れた布で拭いていきます。

 ま、まさか、飛空艇で移動を開始した後、毎朝、こうしていたのですか!?

 後方から、更に人の気配がしました。


「……しまった。出遅――こほん。先生、おはようございます。もう朝練は終わられたのだろうか? 出来れば、私に指導をしていただきたいのだが」

「おはよう、オルガ。指導も何も、もうお前に教える事なんてないだろ。むしろ、俺の方が教えを乞いたい位だ」

「! そ、そうか。ならば、私が手取り足取り……アリス、何の真似だ?」

「―—いえ、何も。カイ様、皆様おはようございます。クレアさん」

「な、何です」


 アリスが、私の顔を覗き込みました。その目には――心配の色。

 同性の私が言うのもなんですけど、この子、本当に『勇者』なんでしょうか? 

 外見だけだったら、何処からどう見ても御姫様です。

 今は、普段着で下もズボンですけどドレス姿になったら……両頬を手で挟まれます。


「―—……目の下に隈が出来てます。顔色も悪いですし、もしや体調が悪いのでは?」

「そ、そんな事は。ち、ちょっとだけ、寝不足」

「―—いけませんっ! 今日は、皆さんと手分けして、買い出しや挨拶等へ行く予定でしたけど、そういう事ならクレアさんは寝ていてください。誰かが、残らないといけませんし」

「ア、アリス。私は大丈夫です。ええ、万全、そう万全ですからっ!」

「―—クレアさん?」

「…………うぅ」


 忘れていました。この子、私達の体調変化に凄く敏感なんですよね。

 何でも、昔、自分も病弱で長い間療養していた経験かららしいんですけど……で、でも、今日は駄目です。私には崇高な使命がっ!

 必死で、カイへ目配せをします。気付いて。気付きなさい。

 が……案の定、この朴念仁は気付きません。こ、この男はぁぁぁぁ。

 

「うし。取りあえずまだ寝てる二人は後回しだ。下手すると、何故か未知の樹海やら、深海洞窟やら、異次元へ行きかねない、ルルを確保。その後、寝坊助二人を起こして朝食だ。アリス、それでいいよな?」

「―—はい。勿論です、カイ様。クレアさんは朝食後、ゆっくりと寝てもらいます」

「ア、アリス、私は大丈」「駄目です」

「クレア、諦めろ。その嬢ちゃん、こ~んなチビの時から頑固者だ。一緒に留守番はしてやるから」 

「っ!!!!!」

「―—カ、カイ様、私はそんなに小さくありませんでしたし、が、頑固じゃありませんっ。それと留守番は他の人に」

「其処らへんも後だ後。まずはあの困った白髪ドワーフを探すぞ。見つけたら、直ちに報告。そうだなぁ……最初に見つけたら、何かしら俺からご褒美を出そう」

「「「「「!」」」」」


 御褒美……はっ! わ、私はな、何を!?

 でもでも……燃えてきましたっ。



「おしっ。それじゃ、始めるか。あんまり大きな音は出さないように。寝坊助共が起きちまうからな」

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