内堀編 そのに

『不可能を可能にする方法は……ただただ、訓練あるのみ、です!』①

「……何ですか、こんな日まで遅刻して」

「―――――――」

「すまん、すまんじゃありませんっ!」

「――――」

「ま、待ってません。私も来たばかりです。ええ、そうです。どうして、貴方の為なんかに早く……はぁ」


 私は、溜め息をついてベットに身体をうずめます。

 流石、アデルが拘り抜いた品。ふかふかで、とっても気持ちが良いですね。

 ベッド脇には、先の戦利品――カイ手製の人形が佇んでいます。

 ……先日、部屋から無断脱走した彼を追い詰めた際、彼からこう言われたんです。

 『デートにでも行くか』――う~う~う~。

 思い出すと、気恥ずかしい。足をバタバタさせます。

 最近、気付いたのですが、私はカイと話す時、どうしてもキツイ物言いばかりになっています。

 ですが、その、あの、デ、デートに行くのですから、そんな事では駄目だと思います。私だって優しく接したいですし、優しくしてほしいですし……。

 幸いそう言われた日から、次の停泊地までは後三日。

 時間はあります。ならば、する事はただ一つ。


 ―—その日から、私の特訓が始まりました。


 私達の飛空艇は、それぞれ私室が設けられています。

 普段は、夜に話をしたりしている内に、その部屋で寝てしまう事の方が多いんですけど……みんなには「夜の間に、今後の資料を作成する」と言い、私室に籠り、夜な夜な人形相手に様々な場面を想定し、私は訓練を繰り返しました。

 勿論、資料も作っています。嘘は駄目ですから。そっちの方は一日目の夜に完成しました。今度、みんなに渡して相談しないと。

 

 肝心な訓練は……もう心が、折れそう、です……。


 私、こんなに素直じゃなかったんでしょうか。

 もしかして、戦争中もずっとこんな感じだったんじゃ……兄さんと二人で話している時によく言われた事が脳裏に蘇ります。


『あのな、クレア。男ってのは、案外と単純な生き物なんだ。お前の言う事は何時も正しい。それは否定しないが……偶には、お前が折れてやれ。カイばかりに、妥協させないで。そうすれば、あいつも気持ちよく、お前を助けられるだろう?』


 …………ごめんなさい、兄さん。私、今更気付きました。

 うぅぅ、だけどいったいどうすれば。

 彼の前で素直になればいい、というのは分かります。分かりますが、そ、それって物凄く恥ずかしくないですか!?

 世の女の子達は、こんな試練を乗り越えて、好きな人……あぅ……。

 枕に顔を埋めます。

 

 ――そうです。私はカイが好きです。あの人と一緒なら何もいりません。


 もう一度魔王が出現しようが、各国が戦争を吹っかけてこようが、全てを斬り捨てる自信はあります。

 だけど、だけど、だけどぉ……! 

 彼の前で、す、素直にそんな事を言うなんて……し、しかも、多分、それって余程の事がない限り、他の子達にもバレる状況な筈。

 ……無理です。無理。ぜっったいに、無理です!

 もし、仮にそんな状況を見られたりしたら……目撃者は必ず全員消さないといけません。……ん? つまり、今の私に必要なのは、更なる剣技の研鑽なのでは?

 な、なーんだ。それなら簡単です。要は今までと同じ事を――はぁ……。

 現実逃避も三日目ともなれば虚しいです。明日には停泊地に到着してしまうというのに、私はただの一度も、納得するような話し方をする事が出来ませんでした。

 これが、ゼナだったら……。


『マスター、デート♪』 

『ん? 何だ、一緒に出かけたいのか?』


 僅か数秒! な、何という手練れ! ゼナ、恐ろしい子。

 他の子達でも、想像してみましたが……苦戦しそうな子が見当たりません。

 あのアデルですら、きっとこんな感じでしょう。


『……ねぇ、あんた暇なの?』

『ん? 暇だけど。どうかしたか?』

『そ。なら、ボードゲームでもしましょ。ああ、ついでにうちの実家が出資してる店の調査もしたいわ。『美味しいケーキとお茶の店』という謳い文句、正しくなかったら……ふふ』

『理由をつけて甘い物が食べたいだけかよ。まぁ行くか』


 す、隙がありません。自然過ぎます。ア、アデルだけは、私と同じで中々素直になれない子だと……そう言えば、カイが馬鹿貴族に絡まれた際に、抱き着きながら『大好き』って言ってましたね。

 

 ……あれ? もしかして、素直になれないのって、わ、私だけですか? 


 こ、これはマズいです。本当にマズイです。一大事、人生の岐路です。 

 ど、どうすれば、もう、それ程、多くの時間は残されていません。 

 いっそ、ゼナの真似を――――…………一人で、魔王に立ち向かう方がマシです。そんな事が出来るなら、とっくの昔にしていますっ。

 分かりました。私にはまだ早過ぎたんです。いいです。断って、みんなと一緒に買い出しへ行きます。そっちの方が断然気楽に……。


 その時でした。佇む人形と目が合った――気がしました。明らかに嘲笑の視線。『ふ……所詮『聖騎士』なぞ、その程度よ』。ぐぐぐ……馬鹿にしてっ。

 ……やってやろうじゃないですか。

 ベッドから跳ね起きます。


 不可能を可能にする方法は……ただただ、訓練あるのみ、です!


 今までも私はそうやって、全ての物事を解決してきました。なら、今回だって。

 ―—その後、朝日が昇るまで、私の激しい訓練は続きました。

 

 ふふふ……カイ。待っていて下さいね。私は、必ず貴方とデート……う~う~!

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