外伝―22 迷子の子猫⑪

「―—皆様、よくぞ集まってくださいました。一尾族が長、ザナと申します。もう一人は三尾族のヘケオン。本日は、皆様と話し合いたい事がございます」


 木製の丸椅子に座っているのは、各獣人の長達だった。猫族と異なり、長は各一人ずつだ。一様に、怪訝そうな表情をしている。

 犬族の長が口を開いた。 


「聞くが……我等は、神子が生還した、と聞いたから集まったのだが?」

「そうだ。まさか、たばかったのか? 俺達へ報せを持ってきたのは、ギオロとブールとか言う名だった……伏兵でも潜ませてやがるんだろうが」


 左目が刀傷で潰れ、珍しい黒いたてがみを持つ獅子族の長が警戒感も露わに、敵意を示す。

 虎族の長と狐族の長が立ち上がった。


「神子様がおられないのなら、此処に用はない」

「そうですね。私もこんな所に用はありません。血の臭いがしますし。皆さんも気付いておられるんでしょう?」

「お待ちください。神子はおります。ですが――その前に私の話を聞いてください」


 ザナが必死の形相で、引き留める。

 だが、他の長達も立ち上がり、引き揚げる姿勢を示している。

 ―—ただ一人、鷹族の長だけはじっと座っている。それを見た、獅子族の長が疑問を発した。


「おい、鷹の? 残るのかよ?」

「残る」

「何でだ?」

「恩義」

「恩義だぁ?」

「それは、これから来られる方へのだ」

「はぁ? 手前、何を言って」


「悪い悪い、少し遅れた――これで全員か? ザナ」

「はい、全員です」


 天幕の中へ入ってきたのは、ゼナを抱えた人族の男――カイだった。

 一瞬、呆気に取られた各長達だったが、ゼナが『神子』であることは本能で理解した。この子猫は守らなければならない。

 同時に強い不快感が沸き起こる。

 彼等からすれば、人族は過去の歴史において多くの同胞をただ単に『珍しい』という理由だけで狩った憎悪の対象。

 最近こそ交易を通じ、相互理解が少しずつ進んでいるとはいえ……嫌悪の念は抜き難い。

 ましてそれが、彼等にとって共通の信仰対象でもある『神子』を抱えているとなれば、感情が沸騰するのは当然だった。

 即座に、獅子、虎――獣人族でも勇猛を謳われる各長が咆哮をあげ、戦闘態勢に移行した。


「てめえ、人間だなっ!? それが、どうして神子を抱えてやがるんだっ!! 放しやがれっ」

「神子様は神聖なる存在。汚い手で触れるな」

「待て。駄目だ。勝てぬ。退け。御久しい。その節は」

「ん? おお~レッドじゃねぇか。そうか、お前さん、昨晩も見てたんだな? 生きて帰れたようで何よりだ。嫁さんは元気か? 『冥鳳』はよく働いてくれてる」

「『死の鳳』を従える。貴方様だけだ。嫁は元気。子も産まれた。全ては――貴方様の御蔭だ」


 鷹族の長が間に入り、涙ぐみながらカイへ頭を下げる。

 余りの事に、言葉が出てこない。

 カイは硬直する他の長達を無視して、開いていた神子用の大きな丸椅子に腰をかけた。ゼナは、さっきから強く抱き着いたままだ。


「で、お前らが長か。座れ。所謂『神子』の御前って、やつだ。席を立ったら『神子』の敵と見なす。――早く座れよ」


 満面の笑みを浮かべながら、カイが各長へ告げた。

 真っ先にレッドが、カイの傍へ座り、各長も渋々席につく。

 『神子』の敵。それは、獣人ではない、と告げられたに等しく、死と同義なのだ。憎々し気にカイを睨みつけるが、当の本人はどこ吹く風。


「一から十で理を語ってもいいんだがな……納得しねぇだろ? だから命令してやる。お前ら、猫だ、犬だ、獅子だ、何だってのを止めてまずは一つの国をつくれ」

「「「「「「!?」」」」」」

「出来ない、と言うよな。そうだよな。が……駄目だ。出来ないと言うなら」


 笑みを深めるカイ。天幕内の空気が重くなる。

 それを振り払うかのように、獅子、虎、熊族の長が立ち上がり、大咆哮。


「出来るかっ!」「出来ぬっ!」「出来んっ!」

「……そうか。なら生きている必要はないな」

「「「!!?」」」


 ―—永遠のような数瞬後、勇猛をもってなる三人の長達は、目を大きく見開き崩れ落ちた。酸欠のように息が荒く、身体の震えは止まらない。


「―—何回、想像の世界で死んだ? 100か200か300か。言っておくが納得するまでやるからな。……個の強さが違う? 文化が違う? 伝統が違う? はんっ! そんなカスみたい理由しかあげられないなら、お前らはとっとと死ね! ……この子はなぁ、『神子』なんて馬鹿な称号を背負わされた挙句、同族に売られ、傷つき、人族の港町で一人逃げて、泣きながらも、それでも生きようとしてたんだぞ? 『神子』だなんだ、と言うお前らは、誰か一人でも、必死になって探したか? 今日も、利用しようと考えなかったか? 汚い手? そうだ、俺の手は汚れている。だがな……俺は腐っても、子供を贄にしたり、利用して、自分の腹をこやした事はねぇ。悪いが最低限度の恥は知っているんだよ。大事なのは――この子みたいな子供達がっ! 少なくとも手前らみたいな、大人の阿呆な理屈で泣かされる事無く、健やかに育ち、大きくなってまた子を育てていく事だろうがっ。……それが出来ないなら、仕方ない。今すぐに滅びろ。介錯は俺がしてやる。ああ、言っておくがこれはお願いじゃない――強制だ。ほら、次は誰だ? 早くしろよ。俺は、お前達を心底軽蔑して――同時に、この子にそんな事をした人族っていう種である自分を今すぐ殺したい位に……恥じているんだからな」



※※※



 ――こうして、獣人族は統一され、単なる部族だった彼等は連邦国家へと脱皮を果たした。無論、部族統合の過程において、様々な問題は発生したが。

 それでも――各部族の長達は不退転の決意で解決を図り、以後『森林同盟』と呼称されたこの国は著しい発展を見せ、魔王戦争において、圧倒的な戦果をあげるに至る。その際、各部隊が必ず斉唱していたのは以下の言葉だったという。


『怯懦であっても構わない。理由ある敗走も許容する。失敗も時にはあるだろう。ただし――子供達に恥じぬ自分であれ! 子供達に誇れる自分であれ!! 子供達に語れる自分であれ!!!』


 ―—この言葉の提案者の名について歴史は沈黙している。



※※※



 意識が戻ってきた。どうやら、クレアから逃げ回っている内に、何時の間にか寝てしまったようだ。格納庫の配管上で、背を伸ばす。

 起き上がろうとすると、腹に抱き着く温かい物体。

 ―—ゼナだ。いや、ほんと大きくなったもんだ。あの子猫がなぁ。

 

「~~~♪」


 夢の中で、何か話している。余程、楽しいのだろう。

 少なくともあの連中は、この子が笑って夢を見れる程度の仕事はした、というわけか。……大したもんだ。本当に。俺なんかより余程凄い。

 獣人族の里で、ゼナと別れる時は大変だった。精霊は召喚されるわ、違う何かはやってくるわで……あそこまで『死』を感じたのは、それこそダカリヤの攻防戦くらいか。で、その時、約束をした。『大きくなったら必ず迎えに行く』と。

 うん、確かにした。

 ……だけど、まさかそれを覚えていて、待ちくたびれて『八英雄』になっちまうとはなぁ。たまげた。

 出来れば、平和に暮らしてほしかったが。抱き上げ、後ろへ声をかける。


「クレア、手伝ってくれ。風邪を引いたら事だ」

「―—分かりました。貸しですからね?」

「停泊するんだろう? デートでもするか」

「!?」

「おし。ほら、行くぞー」

「なっ、カ、カイ、その、あの、……本気ですか? 本気にしますよ?」

「俺はこんな所で、嘘は言わないって」

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