外伝―21 迷子の子猫➉
「き、貴様!? ど、どうして此処にいる!」
「はぁ? そりゃいるだろ。まさか、あんな程度を『罠』って呼称してるんじゃないだろうな? 冗談がキツイぜ」
呆れた口調でギオロへ言い放ったカイは、私達を見渡した。
すると――ブールが右手をさっと挙げた。
「―—何だか知らないが、やる事は変わらん。神子もその男も殺せ!」
「おいおい……状況すら把握してねぇのかよ」
「状況を把握してないのはお前だ。目は口程に物を言う。だが……剣はもっと物を言う――つまりは!」
「!? ブ、ブール? な、何、故?」
ギオロが、口から血を吐きよろめいた。その腹には短剣と滲み出る血痕。一尾族の兵達が動揺。
そこへ二尾族の兵達が襲い掛かった。部屋の中に悲鳴と血の臭い。
「むむ。何故とは心外である。何れこうなったのだ。遅かれ早かれな。さて、後は……お前達を始末すれば仕舞い――」
部屋の中を凄まじい暴風が吹き荒れる。
絶叫をあげながら、一尾族の兵、そしてギオロが恐怖の色を浮かべながら、ゼナの周囲を覆っている竜巻に飲み込まれていく。
私とゴマは必死に、ベッドや窓の欄干にしがみ付くことしか出来ない。
唯一、平然としているのは――カイだけ。
「あー……あれか? これは三文芝居か?? そう言えば、さっき面白い事言ってやがったな。剣は云々だったか? そいつは正しい。ごもっともだ。だが」
部屋の中を軽やかに進んでいく。
手には――先程持っていなかった光輝く剣。
ブールを守る二尾族の兵達は、幾重にも魔法障壁を重ね槍衾を形成。
「だったら、それ以上の剣に自分が倒れる事も――当然、覚悟は決めてるんだよな?」
「何を言って?」
「その魔法鎧。幾らで買ったかは知らないが……それなぁ、人族の、しかも世界の先頭を走る国からすれば四半世紀前の骨董品だからな? だから――こうなる」
持っていた剣を一閃。
全ての槍と鎧が切り裂かれ、床に落下。
ブールと二尾族の兵達は、何が起こったのか理解出来ず呆然。そこへ、暴風。
ふわり、と空中に浮かび上がり呑み込まれていく。再度の絶叫。
―—そして、部屋に残ったのは、私とゴマ。そしてカイとゼナだけ。
「さて……おい、このざまは何だ?」
「……っ」
「カイ殿!」
「……精霊が激怒してるぜ。もうこの里が滅びるまで止まらないだろうな」
「そ、そんなっ! ゼ、ゼナはどうなるんですか!?」
「そりゃお前……まだ、力の止め方も知らないんだ。使い切れば――死ぬ」
「!?」
足に力がなくなり、その場にへたり込んでしまう。欄干から手を離そうとすると、ゴマが痛い位に握りしめてきた。
「カイ殿! 最早――最早、何も策はないのだろうか?」
「……そんな事を聞いてどうするってんだ? ゼナを売り、ゼナを見捨て、今またゼナを殺そうとしたお前らに、何かをする資格があると?」
「そ、それは……だ、だが、それでもっ! 我が命を捧げてどうにかなるのなら……どうか教えていただきたい。何か策があるのだろう?」
「……無理だな。あんたじゃ死ぬよ」
ゴマの決死の発言も一蹴された。
最早、この人は猫族を見限っているのかもしれない――だけど。だけどっ!
何とか、足に力を入れ立ち上がる。
カイを見据え、叫ぶ。
「お願いっ! あの子を……私のたった一人しかいない妹を……助けて……お願いっ!」
「ったく―—最初から、そう言えばいいんだよ」
にやり、と笑い、黒き竜巻へと向かって行く。
カイが一歩進むごとに、風は更に荒れ狂い、様々な物が襲い掛かる。
でもそんな物、通じは――次々と直撃し、出血。鮮血が飛び散る。
「~~~っ!」
思わず悲鳴をあげそうになるのを片手で抑え込み、必死に耐える。
その間も、カイには次々と金属片や木片が直撃。
都度、血を流しながら一歩一歩進んでいった。
―—そして、竜巻に直接触れられる場所まで辿り着いた。
既にカイの身体は血塗れだ。それでも、呑み込まれていないのは、何かしら魔法を使っているのだろうけど……私には皆目見当もつかない。
「さて、とっ」
カイは大きな声を出すと、両手を竜巻へと突っ込んだ。
血しぶきが舞う。見ている私は、歯を食いしばって目を逸らさないようにするしかなかった。
その間、どれ位の時間だったのかは分からない。
恐ろしく長かった気もするし、短かった気もする。
―—気付いた時には、風が止み、彼は床に両手両足を広げ倒れていた。
その隣には、綺麗な白布に包まれたゼナ。寝息が聞こえる。
私とゴマが駆け寄ろうとすると、廊下を駆ける音と共に、武装した数名の兵が侵入してきた。三尾族だ。
入って来た瞬間絶句。そして――カイとゼナを見ると、槍を
「……穂先を向けたら皆殺しだ」
「!?」
ゆっくりと、血塗れで蒼白になっているカイが立ち上がった。
そして、三尾族の兵達を見やり、奥へ視線を向ける。
「……あんたの指示ならこの場でそっ首落とすが?」
「―—待たれよ。槍を退け。里を、獣人そのものを滅ぼしたいのか?」
兵達が動揺しつつも、三尾の長である老猫――ヘケオンが指示を飛ばす。
杖をつきながら、カイとゼナの下へ進んでいき、深々と頭を下げた。
「…………申し訳ない。神子様と、それを守護してくださった方の命を危険に曝してしまうとは。如何なる罰も受ける所存」
「いらねぇよ。ただ……そうだな。一つだけお願い出来るか? あのな――」
今でも私は思い出す。
おそらく、このカイの一言がなかったら、私達は――いえ、獣人族は、人族に飲み込まれていたんだと思う。
だからこそ彼は、ゼナの、猫族の、獣人族にとって――。
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