外伝―19 迷子の子猫⑧

「私の名前はザナ。この子の姉です」

「ゼナ」

「……おねえちゃん」

「そっか。で?」


 周囲には剣や槍を未だに構えている猫族の兵。

 それを指揮しているのは、こっちを値踏みしている男――こいつ。

 取りあえずはいいか。目の前で涙を流している少女を見やる。


「嬢ちゃん――面倒だ。ザナでいいな? どうしたいんだ?」

「貴様! 姫様に向かって、何たる、ひっ」

「……間違えんな。現段階において、てめえらは俺の中で敵だ。しかも、俺が話しかけているのは、ザナにだ」


 軽く殺気をぶつけてやると、兵の列が後退。おいおい。何時から、獣人族はそんな軟弱になったんだよ。『勇猛果敢』『其全兵死兵也』って俺は師匠から習ったんだけどな。あの人も古い人だから、時代が変わったってことか。


「……私はゼナが死んだ、と思っていました。だから、こうして会えて本当に嬉しいんです。父上が一年前に死んで、今は私が一尾族の仮長を務めています。ゼナには一族へ戻って来てほしいと」

「それは『神子』としての利用価値目当てでか?」

「ち、違いますっ! ……正直、私は『神子』の意味をそこまでよく理解していません。三尾族の託宣でこの子がそうなり、それが私達だけでなく、他の獣人族を含めても数百年ぶりの出来事、という事実を知っているだけです」

「なるほど。――俺としては、ゼナがあんたと一緒にいる事を望むならそれはそれで構わない。が……この子を政争に巻き込むってんなら」

「そんな事は私がさせませんっ! だから、だからっ……!」


 純粋な眼差しだ。どうやら、この子とさっきの指揮官――二人を心配そうに見ている――は信用出来るか。

 が……。


「ゼナ。お姉さんに可愛い顔を見せておやり」

「……ますた」

「大丈夫だ。何処にも行かんよ――って事でどうだい? いい加減、槍をおろしてほしいもんだな。これでも遠路遥々、この子を送ってきた男にする態度とは思えねぇんだが?」


「――まったく、その通りで。おい、この方は今から一尾族の賓客だ。丁重に扱え。失礼した。一尾族のまとめ役で、ザナ様の補佐を務めているギオロだ。前長の、不肖の弟でもある」

「へぇ。俺の名はカイ。しがない旅人だよ」


 精霊がざわつく。なるほどなるほど。分かりやすい事で。

 ゼナはザナに抱きつかれジタバタしている。

 ――先程の指揮官へ視線をやる。この子の身辺警護、気を付けろよ。

 足に衝撃。ん? もういいのか??


「おねえちゃん、だきつくのいたい」

「えぇ!?」

「そか。だ、そうだ。姉妹水入らずは後でじっくりやってくれ。おい、飯位喰わせてくれるんだろうな?」



※※※



 集落では凄い歓待を受けた。涙ぐんでいる人も多く、ゼナは余程可愛がられていたらしい。『神子』としてではなく、だ。

 結果、飲めや歌えやの大宴会と相成った。俺の目の前にも、酒杯と御馳走が並べられている。ただし、ゼナとは引き離された。何でも、誤った情報が流布しているので、人族である俺は襲われる危険性があるそうだ。ギオロ言。

 結果、隣にいるのは。

 

「姫様達の父親であられる先代様は一代の英傑であられた。猫族を束ね、それまでは対立するか、無関心だった他の獣人族――犬族、狐族、虎族、獅子族、熊族、鷹族の長とも、獣人族の未来について話し合いの場をもたれ、統一国家の夢を語られていた。だが一年前に……カイ殿、お口に合わないのだろうか。先程から何も口にされていないようだが」 

「腹もすいてないし、喉も乾いてないからな」 

「……そうか」


 指揮官――ゴマという名らしい――がこちらの返答を聞いて、沈痛な表情を浮かべた。理解したらしい。

 周囲を見渡すとゼナはザナに捕まり、ずっと膝の上だ。どうやら、あの姫さんは本当の善人らしい。

 問題は、あのギオロって奴と……二尾族にいる協力者。三尾はどうかな? 預言者らしいが。

 人混みをかき分け、二つの集団が歩いてきた。尻尾が二本ある連中と、三本の連中だ。三尾族の方は、数名しかいない。

 二尾族はこちらを一瞥をもせず。そのままザナとゼナのもとへ。三尾族の方は、先頭をゆっくりと歩いている老猫族が、俺と視線を交錯。

 ぎょっ、とした様子で硬直し逸らされた。傷つくなぁ、おい。


「あれが、二尾と三尾ってやつか?」     

「……ああ、そうだ。ゼナ様御帰還の報は、全猫族のみならず、全獣人族にも伝わっている。明日以降は、大物達がやってくるだろう」

「大物、ねぇ」


 ふ~ん。きな臭いな。

 ――状況はだいたい把握した。こっからどうすればあの子が一番幸せになれる?

 考え事をしていると、目の前に焼いた川魚が突き出された。


「ますた。あーん」

「こ、こらっ、ゼナ。はしたないですよ。カイ様――本当に、本当に有難うございました。感謝してもしきれません。どうやって返せばよいのか……」 

「あー気にしないでくれ。俺も、この子と旅出来て楽しかった」

「ますた!」

「はいはい」


 川魚を口に含む。……ほぉ。

 ゼナは俺の膝上に座り、上目遣い。


「おいしい??」

「美味いな」

「カイ様、私のお酒も飲んでいただけますか?」

「ああ」


 杯に酒を受け呷る。……はぁ。

 何故か緊張した面持ちのザナ。


「ど、どうでしょうか?」

「いい酒だ。これなら、他国へ出しても売れるだろう」

「本当ですか!?」

「大陸東側にはない酒だ。物珍しさもあるが……悪くない。今は、何処にも売ってないんだろう?」

「はい。これは、父上が『何か他国と交易出来る品が必要だ』と進められていた物なんです」

「方向性は正しい」


 故に、か。

 無意識に、ゼナの頭を撫でていると、安らかな寝息。

 今日は疲れたもんな。ザナへそっと手渡し、立ち上がる。


「カイ様?」

「俺も疲れた。もう寝るよ。明日、色々と話を聞かせてくれ。ゴマ、ザナとゼナを頼む」

「言われずとも」

「――いい返事だ」


 最後に子猫の可愛い顔を見つつ、頭を撫でる。

 くすぐったそうに笑い、リボンが揺れた。



※※※



 夜更け。村外れにある客人用の邸宅は数十名の兵によって、十重二十重に囲まれていた。鼠一匹も逃げられない絶対の布陣だ。

 相手は手練れらしいが、僅か一人の人族。

 しかも、宴会の際、食物と酒に無味無臭の痺れ薬を仕込んでいる。今頃は、身体が動かなくなっているだろう。

 

 ――男が右手を挙げた。


 兵達が一斉に突入。目標は拘束するよう指示済み。

 何せ、明日の朝には来るであろう各獣人族の長達へ、『神子殺しの犯人』として突きつけなくてはならぬのだから。まったく、ギオロ様の智謀には恐れ入る……。

 だが、いっこうに『捕縛』との報告は入らなかった。兵達も誰一人として戻ってこない。残った兵達の一部を斥候へ赴かせたが……やはり、戻ってこなかった。

 いったい何が起こって――。


「あー動くな。一歩でも動いたら、殺す。今は、あの子がいないから手加減抜きだ」

「!?」


 屋根の上に佇む影から、冷たい言葉。 

 悟る――駄目だ。駄目だ駄目だ駄目だ。この男には、この目の前にいる生き物には……天地がひっくり返っても勝てない。

 がしゃん、という音と共に兵達が武器を捨て両手を挙げる。理解しているのだ。逆らえばどうなるかを。



「ったく。あんなちんけな毒が効く筈ないだろうが。考える事が四流だ。……あの子に、俺へ毒を盛らしたのは……それは一族郎党、皆殺しにしてくれ、っていう懇願だよな? まさかこれ以上、俺を怒らすような事はしてないよな? なぁ?」

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