外伝―18 迷子の子猫➆

「——なるほど。まとめると、こういう事か? 猫族には、多数派の一尾と二尾、そして少数だけど予知能力に長けた三尾族。それと、番兵のおっさんみたいにここ生まれじゃない猫族に分かれている。で、それら全てを纏めていた一尾族の長が一年前に病死。多数派である一尾・二尾が主導権を巡って争い、内戦になりそうだと。で、この子が『神子』ってのは?」

「うぐっ……そ、それは……」

「ああ、話したくないなら、話さなくていい。だいたい、把握出来たしな。ただ……そんな態度を取られると、悲しくて悲しくての腕か足か、もしくは首を飛ばしたくなるんだがなぁ……。冗談かどうか、試してみるかい?」

「こ、この……外道っ! き、貴様、それでも人なのかっ!? 痛めつけるならば、指揮官である俺だけにしろっ!!」

「ハハハ、よしてくれよ。そんなに褒められても何れ楽に殺してやる事しか出来ねぇからよ。まぁ……俺にそういう台詞を吐く前に、自分達がしようとしてた事を声に出してみろ」


 片手でゼナの頭を撫でつつ尋ねる。目の前には、弦で拘束している阿呆共。番兵のおっさんは里に走っていった。何もしないって言ったんだが。

 現在は楽しい楽しい尋問中。勿論、身体的には何一つ傷つけちゃいない。視覚は誤魔化せても、血の臭いは中々誤魔化せないし。ようやく癒えてきたこの子の心の傷に障るだろう。

 当然、汚い言葉をこの子に聞かせるわけにはいかないから、静音魔法で聞こえないようにしている。ごめんな、もう少しで終わるからな。

 再度、小首を傾げながらただす。


「さぁ、口に出して言ってみな。『自分達は、年端もいかぬ、何も知らぬ幼女を、猫族の覇権を握る、という都合だけで斬殺しようとしていました』ってな」

「うぐっ……ひ、人族の貴様に何が分かると言うのだっ。関係ない者は関わるなっ! 如何に貴様が恐るべき手練れであっても、我等一族全てを相手にする事など――っ!」

「言葉が違うな。俺はお前さんに、自分の口で、自分達がやろうとした事を、しっかりと、一言一句話してみろ、と言ったんだが? ……それを発してなお、自分自身を恥じないならば、仕方ない。俺とお前さんとじゃ住んでいる世界が違うのだろう。が――少なくとも、俺の認識だとさ、なぁ?」


 指揮官を含め、残りの暗殺者達の身体が震えている。大丈夫だって。この子の前で殺しなんかしない。

 ただ……周囲の森がひどくざわついている。怒りに呼応して精霊が派手に反応しているのだ。

 この分だと、俺が何かしなくても、終わってたかもな、こいつら。


「自分らの都合だけ考えて、何も知らぬ幼子を殺す大人ってのは鬼畜以下だ。この世に生きている価値がないだろうが。猫族の覇権? いいぜ、そんなもんは勝手にもてあそんでいろ。が、自分らの御飯事に、未来がある子供達を巻き込むな。もしも、もしもだ。お前さんの上役やら、今の猫族を率いている奴等がそんな連中なら……滅びた方がいい。——あんたもそう思わないないか?」

「…………耳が痛い。情けない限りだ」


 沈痛な面持ちで、姿を現したのは壮年の猫族だった。尻尾は一本。頬に大きな刀傷が走っており、佇まいも歴戦。

 ……あーあー。こらこら、逃げるな。逃がす筈がないだろうが。

 弦で足止めをしようとすると、ゼナが更に強く抱き着いてきた――そっか。

 次々と、逃げていく仮面の連中。指揮官が、最後尾で立ち止まり、深々と頭を下げてきた。多少は、良心があったか。

 ゼナを抱っこすると、胸に顔を埋めて動こうとしない。ごめんなぁ。怖い想いをさせちまって。


「姫様……よくぞ……よくぞ、御無事で……」

「ああ、それ以上、近寄らないでもらえるか? 初対面で悪いんだが……俺の中であんたら猫族に対する評価は今のところ、最低最悪。今まで会ってきた連中の中でもぶっりぎりだ。何せ、いきなり世の中でも早々見ない汚い行動を見たんでな。しかも、だ。一見、さも親しげに見せておいて、兵でこちらを包囲。かつ先程からの監視。一尾だろうが二尾だろうが……どちらも、糞以下って事でいいんだよなぁ?」

「ま、待ってくれっ! 非礼は詫びる。貴殿の物言い、全くもってその通りだ。このような醜い争いに姫様を巻き込んだは、我等が不明……末代の恥だと思っている。足りぬならば、我が首を刎ねてもらっても構わぬ。だから、頼む……姫様の御顔を……この通りだ」

「あー……あれだろ? そう思ってるのはあんただけなんじゃないか? 正直言わせてもらえば……この場面でなお状況確認を部下に任すのが、この子の数少ない肉親ってことだろ? 悪いが答えは否だ。あれだけの精霊反応を感知しなかったわけじゃなかろうに、それを理解もしないとはなぁ。……あんた等には心底、失望した。話す価値もなさそうだし、この子は俺が育てるよ。さ、御飯事を続けてくれ。で、同族同士で争い疲弊したところを違う獣人族に叩かれ、その獣人族も人に飲み込まれて――ちゃんちゃん、獣人族は滅亡しました、ってのが見える見える」

「貴様っ、黙って聞いていればっ!!!」

「許せんっ! 姫様は我等、一尾族の神子様! 返してもらうっ!!」

「よせっ! 止めよっ!!」


 次々と森の中から、兵達が飛び出してくる。擬態は上手いな。

 でも、ゼナがいる限り精霊が教えてくれるからバレバレだけど。その事にすら気付いてないってのは……。

 戦闘する気も失せているので、適当にいなして後退。


「ゼナ。お姉さんはそこら辺にいるみたいだぞ」 

「…………ますたといっしょ」 

「そか。と――言う事だ。あのなぁ……この子がどんな目に合ったのか、本当に理解してるか? してないだろ? あんたらがこの子を『政争の道具』としか見てない事なんて、全部精霊が教えてくれてるんだよ! 頼むからこれ以上この子を傷つけるな。それでも、なお欲するのなら――今、この瞬間から、お前達一族は俺の敵だ。向かってくる相手には容赦しない。楽に死ねると思うな」

「! 待」


「待って……待ってください! お願いっ……待ってっ!!」


 泣きそうな叫び声をあげて、駆け出してきたのはゼナと何処となく似ている猫族の少女だった。精霊の感じも一緒か……腕の中の子猫が、反応。

 必死なのだろう。服が枝で裂け、腕からは血が噴き出している。

 その後ろから、数人の兵と、いけ好かない顔をしている猫族の男。

 ……うわぁ。嫌な予感がするぜ。


「ゼナっ!」

「……ますた」

「……話だけは聞こう。どうするかは、そこからだ」

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