外伝―17 迷子の子猫⑥

「ますた、ますた。ちょうちょ!」

「そうだなー」

「ますた、ますた。とかげさん!」

「捕まえちゃ駄目だぞー。逃がしてあげなさい」

「ますた、ますた。つかれたー。だっこー」

「仕方ないなぁ。肩車な」

「♪」


 猫族の居住地へ向けて街道を歩いているとゼナが何時ものようにを甘えだした。じっとしている事を知らない可愛い子猫はどうやら遊び疲れたらしい。

 背中から、自力でよじ登り肩に乗る。ほとんど重さは感じない。この歳の体重にしては軽過ぎるだろう。

 数ヶ月の旅路で、美味しい物をいっぱい食べさせてきたものの、よく歩くし、遊ぶし、でほぼ相殺。少しずつ増えているから良しとはするけれど。


「ますたのかみ、かたいー」

「ゼナの髪が柔らかいんだよ。こーら、引っ張らない」

「~♪」


 上から鼻唄が聞こえてくる。それに呼応して、周囲の森林から精霊達が顔を出してきた。何でもない、と報せても纏わりついてくる。

 う~ん、拾った日からそうだったけれど、ゼナは精霊に愛され過ぎている。多分、俺が救わなかった場合、最低でも大精霊、最悪の場合精霊王級の顕現があっただろう。それはつまり……間に合った、という事なんだろうな、きっと。


「ゼナー」

「なに、なに、ますた。ごはん、ごはん♪?」

「さっき食べたばかりだろぉ。そろそろ、ゼナの故郷だけど、お姉さんがいるんだよな?」

「うん。おねえちゃん」

「何処にいるかは」

「わかんない……」

「そか。なら、色んな人に聞こう。大丈夫だ。必ず、会わせてやるから」


 俺が探す必要もなさそうだが。街道に入った後、数名がつけてきている。これだけ派手に精霊が騒いでいたら、人族よりも親和性が高い獣人族のこと。何事か、と思うのは当然だろう。

 さて――どう出るかな。穏便に済ませてほしいとこだが……望めないわなぁ。これだけ、殺気が駄々洩れじゃ。ただし、それを向けてる先によるが。

 俺相手なら仕方ない。何せ得体の知れぬ旅の男だ。怪しむのも無理はない。

 が……仮に、ゼナを害しようとしてんのなら、どうすっかなぁ……。

 

 ――街道の果てが見えて来た。木製の門が築かれ、小さな小屋が見える。そこから先の路は、どうやら森の中へと続いているみたいだ。 

 あれが国境なんだろう。さて、鬼が出るか蛇が出るか……是非とも猫だけにしてほしい。

 門を叩く。中から鋭い声。


「誰だ!」

「旅のもんだ。開けてくれ」

「人族か?」

「そうだ。あと、子猫を連れてる」

「子猫だと?」   

 

 門が開いた。

 出て来たのは、武装した猫族の兵。


「……今、我等の里に人族が入るのは止めた方が良い――おい、貴様」

「?」

「そ、そ、その御方はっ!? …………そうか、やはり、二尾族の言う通り、人族が神子様を攫っていたのだなっ! 許さぬっ!!」


 突然、激高した兵が両手から鋭い爪を生やし、襲いかかってきた。

 同時に、後方からも明確な殺気。ひらり、と身を翻し、屋根へと回避。即座に矢が殺到してくるが、全てを弦で切り払う。ゼナを肩から降ろし、頭を撫でる。

 ……はぁ、やっぱりこうなるのか。それにしても巫女なのか? それとも神子?

 細かい事は先に片づけをしてからだな。

    

「バレバレなんだよ。出てこい」


 すると、草むらから数名の獣人達が出現。全員が仮面を被り、顔を晒していない。この感じ、軍人。しかも特殊な任務を請け負う連中。最初に襲い掛かってきた番兵は事態の急変についてゆけないのか、固まっている。


「……神子を渡せ。さすれば命は」

「助ける筈がないだろう? あんたらは何者だ」

「……答えは持たず。愚かなり。命を捨てようとは」


 そう言うと弓矢を構える。数は――姿を現した奴等が6。また隠れていやがるのが5。

 さて、ここは情報収集をせねば。見よ! 我が迫真の演技を!


「ま、待て。い、いきなり襲われて意味も知らず死ぬのはごめんだ。さ、最期なんだから、理由くらい教えてくれてもいいだろう? あんた達はどうして俺なんかの命を狙う?」

「…………冥途の土産だ、教えてやろう。その小娘は、数百年ぶりに生まれた『神子』候補。成長すれば精霊王すら顕現させうるかもしれない、恐るべき可能性の持ち主だ。そして、それは同時に――その子の一族である、一尾族が猫族の覇権を握るに等しいのだ。お前は不運だったな」

「で、あんた達は猫の他種族ってわけか。なるほど、納得したぜ」

「そうか。では死」


「————あれか? 猫族ってのは、揃いも揃って下衆ばかりって理解でいいんだよな?」

「!!?」


 周囲の森林がざわつく。おっと、ゼナを怖がらしちまった。いかんいかん。

 足にしがみついてきたゼナの頭を撫でながら話を続ける。


「大丈夫だぞ、ゼナ。少しの間、目を閉じていてくれ、な」

「……ん」

「いい子だ。ああ、悪い悪い。話の続きだ。俺は正直、あんたらの権力闘争とかどーでもいいんだわ。このままいけばってのに、そういう御飯事に興じる余裕があるってのは、考えようによっては大したもんだ。すげーすげー」

「な、何を。貴様、何を言っているのだ?」

「あん? 世界の流れと普遍原則の話だ。少しは外を見た方がいいぜ」 


「……殺せ」


 男の指示と共に四方から矢が――放たれなかった。

 困惑が広がり、数瞬後、恐怖の波。


「お頭! 弓と矢が全て、せ、切断されています」

「魔法!? い、何時使ったのだ! 何の魔法だ!!」

「分かりませんっ。感知出来ませんでしたっ」 

「……貴様、何をした」

「ん? なに……種も仕掛けもある手品さ。だけど、な」


 にやりと笑う。

 あー。番兵さん、あんたは敵かい? 違う? そうかい。



「ここら辺一帯は俺の間合いだ。一歩動けば片腕を飛ばす。二歩動けば片足を飛ばす。三歩動けば首を飛ばす。自分の身で試してみるかい? ――知ってる事を洗いざらい話してもらおうか。ああ、自決してもそいつは無意味だ。だって、そうだろ? ……あんたらの飼い主はこれから一人残らず破滅する。そんな存在に忠誠を示してどうなる? 俺はこの子を苦しめた下衆共を許すつもりはないんだ。さ、どうするよ? 決断は早めにお願いするぜ。うちの可愛い子猫様の機嫌が悪くなっちまうからな」


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