外伝―16 迷子の子猫➄

『商業同盟で大規模な政変か。評議委員複数名、全一族の国外追放が決定』

『裏社会との関わりを示す新たな証拠発見。多数の議員関与か。混乱長期化へ』

『同盟統領は、内容を具体的には説明せず。憶測飛び交う』

『大運河に顔が剥ぎ取られた謎の死体複数。事件に関与か』


 街の中を歩きながらさっき買った新聞を読む。へぇ……あの爺さん、少しは頑張ったんだな。

 どうやら、三ヶ月近く経ってようやく表沙汰になったらしい。まぁ、それだけ関与していた阿呆が多かったのだろう。

 もし、送り届けた段階で、何もしていなかったらわざわざ大陸を横断して、戻らないといけなかったから……まぁ上々か。


「ますた、ますた」

「んー? どうした、ゼナ」

「おふねー」


 頭の上から嬉しそうな声がする。

 街に入った時から、肩車をしているのだ。

 見れば、小舟が水路を進んでいる。どうやら、漁で取れた魚を運んでいるらしい。


「おさかなー。ますた、おさかな!」

「そうだなー。よし、ゼナ」

「?」

「今晩は、お魚を食べるか」

「たべるー。おさかなー♪」


 更に上機嫌になったようで、尻尾が大きく振られる気配。

 うんうん、元気な事は良いことだ。

 ……この子とももう少しでお別れか。ちょっと、いや凄く寂しいぜ。


「ますた?」

「ああ、何でもない。さ、宿に行こうな」


※※※ 


 猫族の居住地を目指し、交易都市ウルトンを出発して、早三ヶ月。

 その間、徒歩、馬車、船、翼竜と……ほぼ、全ての交通手段を使い、ようやく、人族と獣人族との国境近辺まで辿り着いた。

 ここから先は、獣人族の支配領域となるから、旅の終わりはもう見えた、と言っていいだろう。

 最初こそ、言葉少なだったゼナも最近はよく喋るようになり、また毎日たくさん食べる事で、すくすくと成長している。随分と髪も伸び、とにかく可愛い。可愛すぎる。世界で一番可愛い。

 ……こんな子を奴隷にしようとした輩は死すべし! というか殺す!!

 そう意気込んでいると、宿屋の女将さんが怪訝そうな表情で声をかけてきた。

  

「お客さん、どうしたんだい?」

「ああ、悪い。気にしないでくれ。ちょっと考え事してた」

「そ、そうかい……今晩だけの泊まりでいいんだね」

「頼むわ。で、こいつを郵便で送っておいてくれるかい?」 

「別料金だよ?」

「勿論。少し遠いから、多めに払っとく」

「ち、ちょっと、お客さん、多過ぎるよっ! こんなには貰えないさね」

「いいからいいから。何せ、商業同盟宛だ」

「また、随分と遠いんだね……それにしたって、多いけど……」

「気にしないでくれ。もし気にするってんなら、そうだな……明日から、猫族の居住地を目指すつもりなんだが、最近、何か話を聞いてるかい? この子の故郷なんだ」


 未だ、初対面の人は怖がるゼナはさっきから、ずっと俺の足にしがみつきっぱなしだ。

 女将は、ゼナを少し見た後、深刻そうな表情に変わった。


「……お客さん、悪い事は言わない。行かない方がいいよ」

「何かあったのか?」

「あった、なんてもんじゃないよ。今、猫族は大揺れさ。まだ、内戦にはなってないみたいだけど……何時、始まってもおかしくないみたいだ」

「へぇ……原因は?」

「決まってるじゃないか、権力争いさ。うちには、猫族のお客さんも結構出入りするんだけどね、その人が言うには『巫女』? っていう役割を将来的に担うかもしれなかった御方が突然失踪したらしいんだ。それの責任問題で、数か月前から、もめにもめてるらしいんだよ」

「そいつはまた……何処の国でも同じようなもんなんだなぁ」

「そうだねぇ。手紙は確かに受け取ったよ。交易都市ウルトンのイナさん宛だね。旦那のコレかい?」

「違う違う。この子が世話になった宿屋の娘さんだよ。な、ゼナ?」

「……イナ、やさしかった」

「そうかい。きっと、その娘さんも喜ぶね。お嬢ちゃん、リボン似合ってるよ」 

「……ますたがくれたの」


 そう言うと、ゼナは恥ずかしそうに隠れてしまった。

 頭を撫でつつ、女将に礼を言う。


「忠告、ありがとさん。まぁでも、この子を故郷に返してやらないといけないから、予定通り行くよ」

「そうかい。幸運を祈っとくよ――夕飯になったら呼ぶから、先に温泉に入って来なよ。うちは小さな宿だが、中々のもんだよ!」


※※※


 ゼナの綺麗な髪を、わしゃわしゃ洗う。前は随分と傷んでいたが、今はもう光り輝いている。うんうん、元気になった証拠だな。

 隙をついて逃げ出そうとする子猫を、捕まえる。駄目です。

 

「あーうー……ますた、やっ」

「もう少しで終わるから、待て。それとも一人で入るか?」

「やっー!!」

「イネの嬢ちゃんがいればなぁ……」


 俺が一緒に入る必要もないんだが。

 まぁ、まだまだ小さな子だから大丈夫だろう。流石に捕まりはしまい。

 何せこうしないと一人じゃ入らないし。かと言って、俺だけで入ると泣く。

 結果、最近は一緒に入る。身体は自分で洗わせて、嫌がる髪だけは俺が洗っているのだ。

 毎日、水で拭いていてもどうしたって汚れは溜まる。ようやく故郷に帰って来たのに、汚れた格好ってのも駄目だろう。

 頭からお湯をかけると、ゼナは真っ直ぐに湯舟へ。


「こーら。飛び込まない」

「ますた、ますた。きもちいい!」


 注意もどこ吹く風。こういう風に年相応の姿を見せてくれるようになったのは嬉しい。嬉しいのだけれど――顔にお湯がかかった。

 この悪戯子猫!


「ゼ~ナ~」

「♪」


 楽しそうに笑っている。

 お説教をしようとするも……俺は甘いなぁ。こんな子を怒れないよ。

 それにしても『巫女』、ね。中々、七面倒な状況みたいだ。

 まぁ、やる事は決まってる。

 この子を無事に故郷へ送り届ける。

 そして。


「ますたもはいってー」

「こら、潜るなっ!」


 ――この子の笑顔を曇らした馬鹿共に、それ相応の報いを受けさせるだけだ。

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