『目は口程に物を言う。だが……剣はもっと物を言う』

「マスター、マスター」

「ん~?」

「あ~ん♪」


 なされるがまま、受け入れる。

 お、このスープ美味いな。良い出汁が出ている。何処となく懐かしさを感じさせる味だ。魚介系かな。

 現在、飛空艇の展望室に設置されているふかふかのソファーに腰かけ、まったり中。両隣にいるのは――


「あ、あ~! ず、ずるいですっ。私もしたいですっ! えっと……いいですか?」

「あ~ん♪」

「ゼナ! かわりばんこ、かわりばんこですっ!」


 さっきからご機嫌なゼナと、軽食を運んで来てくれたセレナ。そして、膝上でゴロゴロ、しているリタ。

 はぁ……この二人とリタは、ほんと数少ない癒し枠、いや、ほんと。

 他の六人だって昔はそれぞれ可愛かったのになぁ……あのクレアだって、チビの時は天使そのものだったのだ。どうやら、あいつ自身は記憶にないようだが。

 それが今じゃ、何かあるとすぐに剣を抜いて此方を恫喝してくるようになっちまって……時の流れは非常だぜ……。


「マスター?」

「どうかされましたか??」


 二人が小首を傾げながら、覗き込んでくる。

 嗚呼……天使!

 この子達だけは、あいつ等の悪影響からどうにかして俺が守らねばっ。でなければ……癒しが足りなくて死ぬ。

 乱暴に両手で二人の頭を撫でる。


「何でもない。二人は可愛いなぁ、と思っただけだ」

「~~~♪」

「! えへ、えへへ……」

「がうっ!」


 膝上の真龍様が「私は?」という抗議。はいはい、お前も可愛いよ。

 展望室から見えるのはまさしく絶景だった。雲海が全面に広がり、荘厳な雰囲気。外は凍えるような寒さだろうが、飛空艇内は温度調整も完璧。座り心地満点のソファーも素晴らしい。つーか、これ、とんでもなく高級な気がする。

 ……多分、アデルだろう。こういう所はそつがないからな、あの嬢ちゃん。

  

「で――セレナ、この飛空艇は何処へ向かってるんだ? いきなり、緩衝地帯には行かないだろ?」

「あ、はい。えっと……まずは、商業同盟へ行って色々物資を満載してから、ってアデルさんが言われてました。御実家にも寄られたいみたいです」

「あ~あいつの実家はそこだったな」

「マスターとゼナが初めてあった所??」

 

 ゼナが口を挟んでくる。そう言えば、この可愛い子猫を拾ったのも商業同盟内だったな。


「ゼナと会ったのは確か……ウルトンだったな。アデルの実家があるのは、それよりもっと西にある都市だ」

「コーネリアですね。商業同盟の中心都市で、アデルさんはそこの大商人の娘さんと聞いてます」

「当たりだ。ふふふ……二人は、あの嬢ちゃんがちびっ子だった頃を知らないだろうが、それはそれは生意気なクソガキだったんだぞ」

「? アデル、ちびっ子? 今も!」

「ゼ、ゼナ、駄目だよぉ。アデルさん、気にして毎日ミルクをわざわざ取り寄せて飲んでるんだから」

「今のままでも可愛い♪」

「た、確かにそうだけど……」

「セレナも一緒に飲んでる。『胸が大きくなりますようにっ』むぐっ」

「ゼナっ! そ、それは秘密だって言ったでしょっ!? あぅあぅ、ち、違うんです、違うんですよ?」


 じゃれ合う二人を見て、和む。

 平和だ。やはり、平和こそ至上。これ以外に何が必要だと言うのか。何も必要じゃあるまい。

 

 ――カップを取り、ミルクを飲む。おお、確かに美味いな。

 

 それにしても、あの『勝負よ! 私が負けるなんて……あり合えないっ! あっちゃいけないのよっ!! だって……だって、私からそれを取ったら、何も残らないんだから……私は勝たないといけないのっ! 勝ち続けなきゃいけないのよっ!!』とか、何とか言って壮絶に拗らせまくっていたアデルが、自分の容姿に気を遣うようになったのか。ちょっと感慨深いな。

 人は他人に幾ら言われようとも、自分で変わろうと思わない限り絶対に変わらない生き物だ。にも関わらず、あいつがあそこまで明るく笑えるようになったのは……この子達との出会いが大きかったのだろう。

 『運命』何て言葉は使いたくない。そんなもんが仮にあったとしても、それを掴み取るかどうかは、本人達の意志な筈だ。

 まぁ、この子達を不幸にする運命なんてものが、これから先もし待ち受けているのなら……相手が世界だろうと、神だろうと、胸倉掴んでボコボコにしてでも変更を要求する所存だが。


「マスター?」

「……怖い御顔されてます。大丈夫ですか?」

「ああ、すまんすまん。二人が嫁に行く時を想像してしまってなぁ……悲しくなってしまったんだよ」

「お嫁さん? ゼナはマスターの御嫁さんになる♪」

「あ、ず、ずるいっ! ……あのあの、不束者ですが、よろしくお願いします……!」

「ははは、二人が大人になっても気持ちが変わらないのならな~」


「――そうですか。では大人な私ならば良いわけですね? 勝手に部屋を抜け出しておいて……しかも、どうして、ゼナとセレナには何時も何時も甘いんですか?」


 背中から絶対零度を伴った声。

 ……ええ……気配、全く感じなかったんですけど。

 振り向きたくない。振り向きたくないぞぉぉぉ。俺はまだ生きていたい。生きていたいんだっ!

 あー雲が綺麗だなぁ――おや? 前方から黒い雲が接近してるんですが、それは……。


「クレア、マスターはゼナのだよ?」

「ゼナ、私は駄目なんですか?」

「う~……分かった、セレナもいい」

「えへへ、ありがと」

「…………カイ、こっちを向いてください」


 おおぅ、まだ声色冷たくなるんですか……。

 覚悟を決めて、ゆっくりと振り向く。 

 あーうん。怒ってらっしゃいますね。

 待て待て、無言+笑顔で剣を抜くなっ! 真面目に怖いからっ!


『目は口程に物を言う。だが……剣はもっと物を言う。そうだろう?』


 懐かしい言葉を思い出す。そう言えば、そんな事も言われたな。

 何処で……ああ、そうか。あれは、確か獣人族の内戦を止めた時の。

 ――その後、飛空艇内を舞台にした『捕まれば折檻』という過酷な鬼ごっこが展開された事を付記しておく。

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