外伝―15 迷子の子猫④
「……遅い! キュクロの奴は何をしているのだっ!」
「おい。連絡はないのか?」
「はっ……今の所、何も……。先程から、連絡を試みているのですが、他の連中とも連絡が取れず……」
「ちっ! あの野郎! まさか逃げたんじゃねぇだろうな?」
「ありえるわね。金繰りに難儀してたようだし……噂だと、とんでもなくでかい取引の為に、湯水の如く資金を注ぎこんだらしいけど……」
「逃げた時はそれまでよ。落とし前をつけさせるだけだ。騒ぐな」
「……すんません」
薄暗い大部屋の中に老人の重い声が響いた。
中央に座っているその老人の他にいるのは、男が三人と女は一人。そして、誰も座っていない席が一つ。
――明らかに『表』の住人達ではない。
それぞれ、一筋縄ではいかない事はその人相からも明白だった。
老人が溜め息をつき、言葉を発しようとしたその時だった。
突然、ノックもなく男が駆けこんできた。護衛役の一人だ。
顔に大きな傷を持つ男が一喝する。
「何事だ! てめえ……礼儀を教えてやろうか!!」
「はぁはぁ……逃げてくださいっ! し、襲撃ですっ!!」
「「「「!!?」」」」
老人以外の幹部達が驚愕する。
自分達『オオツキ組』は、商業同盟の裏世界において、特にこの商業都市ウルトンを中心とした地域内では頂点。武闘派としても名を馳せている。
そんな自分達を――しかも、最高幹部が揃っている時に襲撃をかけてくる馬鹿がいようとは……しかも『逃げろ』?
老人――オオツキが尋ねる。
「人数は?」
「そ、それがその……」
「どうした?」
護衛の男は口籠る。
老人が先を糺すと叫ぶように答えを発した。
「襲撃してきたのは――人じゃありません! 得体のしれない『大鳥』です!」
※※※
そのホテルの広間は戦場に――いや、一方的なものになりつつあった。
突然、襲い掛かって来たその『大鳥』は、次々と護衛者達を、その影に飲み込んでいく。
必死に剣や槍で切りつけ、魔法を紡ぎ、中には珍しい魔銃まで放ったが……何も効果はなかった。
剣と槍は折れ。
魔法は吸収され。
魔銃の弾丸は弾かれた。
戦えば戦う程に、絶望が広がっていく。
だが……逃げる事も出来ない。
『オオツキ組』は身内に手厚いが、裏切り者を決して許さず拷問にかける。そして、最後にはむごたらしく殺す。
典型的な飴と鞭だが、この場においてもそれは有効だった。
次々と防衛線を突破され、今や最高幹部達がいる部屋の前にバリケードを張るまでに追い詰められている。
――その時、『大鳥』が声を発した。
「――そこに誰かいるか? 聞こえているか?」
場にまったくそぐわない若い男の声。ある意味、異様だ。
護衛者達は顔を見合わせながら、問いかける。
「……てめえは何者だっ! こんなことして、ただで済むとと思ってやがるのかっ!!」
「お、良かった。まだ残ってたな。自動だから全部喰ったかと思った。さて――偉い奴等のとこに案内してくれ。抵抗は無意味だ。こいつには勝てない。まぁ信用出来ないってんなら」
大鳥の影が膨れ上がり――二人の男が吐き出される。
一人は、屈強な男。が、その顔面には恐怖が張り付き、何をぶつぶつと呟いている。正気ではない。
もう一人の男は――ガリガリに痩せ、頭の髪の毛は真っ白。目は虚ろだ。
「……え?」
「そいつらに案内させる。案内しないってんなら――いいや。全員、掃除すれば済むことだ」
「っっ!!?」
バリケード内からは激しい動揺。短い怒号を伴ったやり取り。
――護衛者が、バリケードを解いたのはそのすぐ後だった。
※※※
「逃げるだと? はんっ! 情けねぇことを……親父、ここは俺が」
「待て――どうやら、そういう次元じゃねぇらしい……」
「どういう意味で?」
扉が開き、男が二人、フラフラと入って来た。
幹部達が一瞬、呆気に取られ――直後、叫ぶ。
「『獅子狩り』!? それに……キ、キュクロなのか……?」
「い、いったい、何が、何があったんだ!?」
「あーあー。聞こえてるか?」
「「「「!?」」」」
「聞こえている。……てめえは何者だ?」
オオツキが冷静に尋ねる。
それに対して、『大鳥』から笑い声。
「俺が誰かなんか、どうでもいい話だろう? あんたが、オオツキさんかい?」
「そうだ」
「単刀直入に聞くが、あんたは馬鹿なのか?」
「……どういう意味だ?」
「そこにいる、豚野郎――ああ、少しは痩せたみたいで何より。で……その阿呆が、よりにもよって、今は俺の膝上で寝ている『子猫』を攫ったんだ」
「……子猫だと?」
「ああ。しかも王族のだ。この意味が分からないってんなら仕方ねぇ。その豚の上であるあんたも阿呆というだけだからな。だが、分かっててこれを許したってんなら――」
淡々とした口調に込められた、息も出来ない程の本物の殺気。
……人のそれではない。
「度し難い。別に俺は『裏』を全面否定はしないぜ。だがな……堅気に大迷惑をかけるような真似してんじゃねぇよ。知らないなら教えてやるが、獣人の連中は身内が害されるのを決して許さねぇ。まして、この子は王族だ。商業同盟全てが標的になる可能性だってある。現時点で『国難』レベルの外交問題になる可能性が極めて高いんだよ。第一だ……まだ幼いこの子を、大陸横断させた挙句に奴隷として売るっていう発想そのものが――醜悪極まりない。下衆そのものじゃねぇか。……あんた、部下の躾も出来ないで、親分気取ってんのかい?」
重い重い沈黙。
オオツキはキュクロに目をやり――深い溜め息を吐いた。
「…………儂は大馬鹿だっ」
「そうかい。ま、俺にはどうでもいいわな。そいつらの落とし前は任せる。ああ、取引相手は商業同盟の評議委員様だそうだぜ? 詳しい事はその豚に聞けばいい。『表』にも多少の伝手はあんだろう? 精々、気張ってくれ。失敗すれば、血みどろの戦争だ。腹を切って済む話じゃないから、そのつもりでな。まぁその代わり――」
『大鳥』の顔が、にやり、と笑う。
そして、男の楽しそうな声。
「『子猫』は、俺が責任を持って故郷まで送り届けてやるよ。獣人の連中が聞いてきたら、こう言ってやれ。『てめえらの権力争いに子供を巻き込むな。俺達が行くまでに、この子を売った奴に償いをさせておけよ?』ってな!」
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