外伝―14 迷子の子猫➂

「良しっと、まぁ、こんなもんだろ。どうだ、おっさん?」

「……てめぇ、何者? さっきの包丁さばきといい、料理の手際の良さといい、只者じゃねぇな?」

「長く旅をしてりゃ、これ位、誰でも出来るようになるさ。お、そろそろ、出て来るかな?」


 そう言ってカイは、食器の準備を止め、厨房を出ると、何処からともなく、大きく綺麗な白いタオルを取り出した。

 廊下を駆ける子供の足音。「あ、まだ、駄目だよっ! 髪を拭かないと!」イネの大声が聞こえてくる。

 直後――ゼナが、駆け込んできたのをタオルで優しく受け止める。


「わぷ」

「おっと、駄目だそ~? 髪をきちんと乾かさないと、風邪をひいちまうからな。どれ、俺がやってやろう。風呂は気持ちよかったか?」

「ん♪」

「そうかそうか。よしよし。なら、その椅子に座ってな」

「ん~♪」


 ゼナが椅子によじ登り、カイが後ろから耳と髪を拭く。くすぐったいのだろう、きゃっきゃっ、と笑い声をあげて身をよじる。

 笑顔を浮かべながら、カイは風魔法を発動。温風をゼナの耳と髪にあてていく。 初めての経験なのか、最初はびっくりした表情を浮かべたものの、すぐに気持ちよさにまどろんでいく。

 軽く手櫛で、整えているとイナもやって来た。


「お、ご苦労さん。悪い、櫛を借りていいか?」

「お客さん、やっぱり魔法使いさんなんじゃないか。これで、いいかい?」

「ありがとよ――ああ、傷は」

「……その事なんだがね。薬、全部使っちまったよ。全部消えたけれど……いったい、何があったんだい?」

「そうか。まぁ……落とし前は付けさせるさ。あ、こら、ゼナ、動くな!」

「う~♪」


 温風を当てながら、櫛で髪を整えていくとゼナが楽しそうに頭を振る。

 その姿は余りにも幸せそうで……思わず、空気そのものが和らぐ。

 ――乾かし終え、カイが風魔法を止めると、ゼナが振り返り見上げる。頭にはカイの手。


「おし! さぁ、御飯を食べるぞ!」

「ごはん?」

「そうだ、御飯だ」

「おいしい?」

「美味しい」

「おいしいごはん~♪」


 ゼナが椅子の上に立ち上がり、クルクルと踊りだす。

 と、バランスを崩し落ちかけたところを、カイが抱っこした。

 すると――ぎゅっ、と彼に抱き着きながら……ゼナが静かに泣き始めた。

 カイは背中をさすりながら、言い聞かせる。


「大丈夫、大丈夫だ。俺が、ゼナを故郷まで連れて行ってやる。だから、ゼナはもう何も心配しなくていい。いっぱい御飯を食べて、いっぱい寝て、いっぱい甘えていいから、な? だから、そんなに泣くな」


※※※


 夕食を終え、片付けが済んだ後、子猫は身体全部を使って抗議の意を示していた。絶対に、梃子でも動かないっ! と伝わってくる。

 

「やっ!」

「ゼナちゃん、お姉ちゃんと寝るのは嫌なのかい……」

「ち、ちがう。でも、やっ!」

「ゼナ、俺はこの後、まだ起きてないといけないんだ。もう眠たいだろう?」

「やっ~!!」

「……旦那、これは旦那の負けじゃないかい?」

「そうだなぁ。まぁ何とかなるか。分かった、ゼナ、おいで」

「♪」


 ぱぁー、っと笑顔を浮かべ、ぶんぶん、と尻尾を振りながらゼナがカイへ飛びつく。それを受け止めると、カイは宿屋の主人とイナに向き直った。


「ああ、おっさん、イナ。今晩、外から物音がするかもしれん。でもまぁ、気にしないでくれ。大した事じゃない」

「あん? それは、どういう……」

「分かったよ! ゼナちゃん、また明日ね?」

「ん」

「助かるぜ。あ、おっさん、明日も朝食、作ろうか?」

「……好きにしろ」

「あいよ」


 笑いながら、カイはゼナを抱っこしたまま宿屋の二階へと上がっていった。

 主人がイネへと尋ねる。


「……おい、イナ」

「お父ちゃん、ゼナちゃんの身体――無数の傷跡があったんだよ。旦那に渡された不思議な薬で全部消えたけど……あんな小さな子につくような傷跡じゃなかった」

「…………」

「あの旦那は不思議な人だけどさ、絶対に悪い人じゃない。そうでなきゃ、ゼナちゃんがあんなに――縋りつくほど、懐く筈ないじゃないか? なら、私は、私の目を信じる!」

「そうか。ならまぁ……俺達にやれることは、泊っている間、美味い飯を食わせて、部屋を綺麗に整えて、風呂に入ってもらう。それしかねぇな」

「うん!」


※※※


 路地にある小さな宿を男達が取り囲んでいた。その数は数十名。

 周囲に街灯はなく、各自が持っている微かな灯だけが頼りだ。


「――おい、『商品』があるのは本当に、ここなんだろうな?」

「ま、間違いねぇ。だが、男の方は相当な手練れだった。気を付けた方がいい。幾ら、あんたが『獅子狩り』と呼ばれた男であってもだ」

「はんっ! お前から見た手練れってのは、俺から見た雑魚だ。第一、この人数だぞ? しかもわざわざ男を生け捕りにしろ? まったくっ! ボスも酔狂な事だぜ。配置は?」

「い、何時でも大丈夫だ」

「そうか、なら――」


 その時だった。

 突然、各部隊に持たせている通信宝珠から短い悲鳴が聞こえ、『ぎゃっ!』『ひっ!?』『な、何――』次々と、音が途切れていく。

 男達は顔を見合わせた後、宝珠へと呼びかけようとした。

 次の瞬間、『獅子狩り』は咄嗟に、後方へ全力で跳んだ。

 そして見た。

 大きな鳥の形をした影が、暗闇の中から男達に襲い掛かり全員を飲み込んでゆく光景を。


「!?」

 

 絶句しながらも腰から剣を抜き放ち、周囲を警戒する。

 今見えたあれは何だ? 

 生物ではなかった……筈だ。と、なると、おそらくは特殊な召喚獣か……。

 左手の宝珠へ話しかける。


「おい! 誰か返答しろ! 状況報告、状況報告だっ!」

『――状況ねぇ。控えめに言わなくても『全滅』ってやつだな。ああ、殺しちゃいない。『冥凰』の中にいるから、死んだ方がマシだとは思うが』

「!? お、お前は何者だ!」

『大声を出すなよ。ようやく寝てくれたんだ。うちの子猫が起きたら……殺しても更に殺すぞ?』

「っっ!?」


 宝珠から聞こえてきた声に込められている殺気だけで、理解する。

 ……勝てない。

 いや、勝つ、負ける、という段階にすらない。

 天地がひっくり返ろうが、何しようが勝てない。

 次元が――違い過ぎる。



『さて、一人だけ残したお前さんには、お前さんらの、愚かな愚かな愚かな、ボスまでの道案内を頼もう。そうすれば、多少は加減してやるよ。まぁそれでも……『殺してほしい!』と何百回かは思うだろうが。なに、この子が味わった事に比べれば軽い軽い。俺はそういう所の利子はしっかり取る真面目な人間なんだよ』 

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