外伝―13 迷子の子猫➁
「がはっ!」
「おいおい……そんな程度かよ? もう少し、歯ごたえがないと単なる弱い物虐めになっちまうんだが?」
「うぐぐ……て、てめえ、お、俺達にこんな事しやがって……ただで済むと、ぎゃっ!! 手が、手がぁぁぁ!!」
「あん? どうせ、碌な組織じゃないだろ? まぁ文句があるなら、まだ数日はこの町にいる。だけど――覚悟しろよ? 剣を抜いた以上、俺は手加減なんかしない」
カイはとてもとても楽しそうに笑い、男達は震え上がる。こいつは……。
彼が後ろを振り返るとそこにいたのは、身体を硬直させている猫族の少女――いや、まだ幼女といってもいいかもしれない。
一転して、笑顔になったカイは怯えている幼女に話しかける。
「待たせた。よし、それじゃ行くか」
「……?」
「それよりも、まずは身体を洗う――いや、風呂だな。おっさんに教えてもらった宿にあればいいんだがなぁ。まぁいいや。どうにかなるだろ。ゼナ――だったか? 腹も減ってるだろ?」
「…………(こくり)」
ゼナは呆気に取られた様子だったが、ゆっくりと頷く。
それを見たカイは破顔。子猫の頭をゆっくりと撫でながら、視線を合わせ言い聞かせる。
「いいか、ゼナ? 俺はお前の味方だ。どうして、猫族のお前が此処にいるのかは知らんが、家族はいるな?」
「……う、ん」
「そうか。なら俺が送ってやるよ。どうせ暇だしな。東国で、あってるか?」
「……わかん、ない」
「そかそか。ま、どうにかしてやるよ。今はまず――風呂と飯だ。よっ、と」
「!?」
カイはゼナが抵抗する間もなく抱きかかえると歩き出す。
そして、路地の入口で振り向き一瞥。
「ああ……さっき言った事は嘘じゃないからよ。文句があるなら、俺に言え。ただし――」
「「「!!?」」」
「全滅を覚悟してこい。俺がしなくてもこの事が表沙汰になったら、大陸では生きていけないと思うが。獣人の追跡は……そりゃぁ怖いらしいぞ? 地の果てまで行こうが逃げ切れない。ま、頑張ってくれ」
そう言い捨ててカイは、街中に消えていった。
殺気で、言葉すら発する事が出来ない男達は、これから先の事を考え冷や汗を流すばかり。
娘を取り戻さなければ、組織から粛清される。
取り戻そうとすれば、この得体の知れない男に挑まなければならない。
そもそもこのまま放置すれば――大陸上の御尋ね者になってしまう。おそらく、彼等だけでなく、組織壊滅までその追及は終わらないだろう。
……行くも地獄。退くも地獄……。
自分達が生き残る為にはどうすればいい? どうすれば――。
※※※
「おお~風呂付か~」
「あたぼうよ! それが、うちの宿の売りだからな!」
「ありがたい。おっさん、一週間分前払いするわ。あと、そこにいるのは娘さんか?」
「おうよ! 何だ、てめえ……うちの可愛い娘に手を出すってんなら俺を倒してからに、ごふっ……」
「お父ちゃん! 変な事言わないでっ!! お客さん、私に何か用かい?」
「ああ。ちょっと、お願いがあるんだが……この子を風呂に入れてほしいんだ。後、下着とかも」
「う~ん……何時もはそんな事しないんだけど……その子、獣人の子だよね? ここら辺じゃ全然見かけないけど……訳ありってやつかい?」
「ま、そんな所」
「ふ~ん……分かったよ」
「理由は聞かなくていいのか?」
「あたいもウルトン育ちだ。人を見る目に自信があるよ。第一」
そう言うと、短髪の宿屋の娘――まだ、十代前半に見える――はゼナを指さした。
カイに強く抱き着いたまま離れようとしない。
「その子が、そこまであんたを信じているんだ。悪い人じゃないさ」
「いい人でもないがなぁ。ま、助かる。これは追加だ」
「いらないよ!」
「……そか。なら、代わりに一品作らせてもらおう。おっさん、いいかい?」
「あん? ……面白れぇ。ただし、俺の邪魔はすんなよ!」
「おうよ。よし、ゼナ」
「……や」
「大丈夫だ。俺は此処にいるから、な? 出て来る時までに、温かいスープを作っておいてやる」
「……どこにもいかない?」
「ああ、行かない」
「…………」
抱き着いていたゼナが降り、娘の前に、とてとて、と歩いて行く。
その姿を見た娘は身体を震わしている。
「お、お客さん……!」
「分かる。その気持ちは痛い程、分かる。だが――風呂に入れればもっと可愛くなる」
「このイナ! 全力全霊で可愛くしてみせるよっ!!」
「任せた!」
「任された!!」
そう言うとイナは、ゼナに笑顔を見せ手を差し出した。
不安そうなゼナはカイを見上げた。
その小さな頭をゆっくりと撫でる。
「大丈夫、大丈夫。その御姉さんは、ゼナを虐めないよ。ああ、イナ」
「なんだい!」
「これを」
「?」
カイは自分が持っている鞄から、小瓶を取り出した。中にはピンク色の液体が入っている。
「傷があったらかけてあげてくれ。そうすれば消えるから」
「ほ~魔法の薬品ってやつかい? お客さんは、魔法使いかなんかなのかい?」
「いんや。単なる旅人だよ。ま、任せた。ゼナ、綺麗になってきたら美味しいご飯が待ってるからな」
「……うん」
「おし。おっさん、それじゃ厨房借りるぜ」
「あ、てめえ! 待ちやがれ」
カイはさっさと厨房へ入っていき、その後を店主が追いかけていく。
それを見たゼナの顔に、ほんの微かな笑顔が浮かぶ。
「ゼナちゃん、だったかい? それじゃ、お風呂に行こう」
「…………」
イナに連れられゼナが歩き出す。
ちらちら、と厨房の方を振り向きつつ、頭の耳を動かしながら。
安心し、また不安になり、また安心する――結局、お風呂に入っている間も、その仕草は続いたのだった。
※※※
「……奪われただと?」
「へ、へいっ」
「……てめえ、ふざけてんのか? 取引は明日の夜だぞ? あの獣をここまで連れて来るのに、どれだけの労力が必要だったと思ってやがる」
「もももも、申し訳……で、ですが、何処にいるかは突き止めてますんで、へぇ」
「だったら奪い返してこいっ!!!!」
「そそそそ、それがですね……奪い取った男、かなりの使い手でして……」
「あん? てめえ……」
「――待て」
薄暗い部屋の奥から、野太い声が響いた。
男達の頭が下がる。
ゆっくりと現れたのは、肥えた男。その表情には好奇の色。
「中々、面白い余興じゃないか。その男に、キュクロ団の恐ろしさを思い知らせてやれ。手足をおとして――目の前で、あの獣が売られる所を見せつけてやろう」
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