『起きてみると自分の中から何かが喪われている事に気づいた。それは人としての尊厳なのか(中略)お腹がすきました』

『俺は――俺は、『聖騎士』クレア・ダカリヤをあああ……い……』

『聞こえませんっ! 戦場で獅子吼するつもりで言ってくださいっ! そんな事では、王都の皆様にも聞こえませんよっ!! ……も、もしくは私の耳元でも構わないですけど』

『――クレアさん、それはルール違反なのでは? カイ様、私もでしたらそれで構いません』

『あんた達、途中でルールを変えるんじゃないわよ。これは必要なことなんだから、納得したでしょ? ――まぁ私も後でそうしてね?』

『カイ様、私はしなくてもいいですよ?』

『む……そうやって自分の好感度を上げようとするのは卑怯』

『そうだ! まぁだが、先生が耳元から囁いて下さるというのは魅力的だな……』

『あのあのあの、わ、私はどっちもやってほしいですっ!』

『マスター、『ゼナは可愛いなぁ』っていつもいってくれる』

『『『『『『『……有罪』』』』』』』




 

 ――起きてみると自分の中から何かが喪われている事に気づいた。

 それは尊厳なのか、誇りなのか分からないが……とにかく、人として大事なモノだ。喪ってはいけないものだ。まぁだけど……今、取りあえず言える事は……お腹がすきました、ってことか……。

 意識が覚醒してきた。

 どうやら、ベッドに寝ているらしい。知らない天井だ。微かに聞こえてくるのはエンジンの駆動音。さて、ここは何処だ?

 

 そして――腹の上が少し重いような……。

 

 上半身を起こさないまま、視線を向けると、ああ、なるほど。

 そこにいたのは、真龍のリタだった。子龍の姿になり、丸まってすやすや寝ている。子猫位の大きさだ。

 と、言う事は――周囲を見る。誰もいない。狭い個室のようだ。

 窓は――ないか。ちっ……どうやら、逃亡を警戒されているらしい。

 だが、リタだけならどうとでもなる。

 取りあえず、自分の身体を確認。大丈夫だ。何もされた形跡はない。まだ……まだ、俺は清らか。

 ……そういう意味ではない。念の為。俺は夜遊びをする成人男子だ。

 さて、それじゃ、取りあえず――上半身を起こし、リタを起こさないように足を抜く。よしよし、ここまでは順調だ。

 服は――おぅ、何故か変わっている? いや、今は考えるな。

 静かに、ベッドから降りる。扉に近づき、音を探る。

 

 ――やはり、エンジン音。船か。

 

 あいつ等の気配も、他の乗務員? の気配もない。好機!

 罠もない。珍しく無防備な……少しずつ、扉をあける。冷気。

 出てみるとそこは狭い廊下だった。精々、人二人が通れる位の幅しかない。

 窓はなく、奥に階段が見える。

 ……船かと思ったが、妙だな。しかもこの感じ。

 いや、まさか。幾らあいつ等が、『八英雄』様と言っても、大陸中搔き集めても、十数隻しかない物を気ままに使える筈がない。だが、だが、この浮遊感はどういう……。

 内心に湧き上がる不安を打ち消しながら廊下を――頭の上が重たくなる。


「クワァ……」

「リタ、眠いなら寝てていいんだぞー?」

「クワァ……?」


 『そうします』とでも言うように、リタが頭の上で器用に丸くなり寝始める。

 どうやら、重力魔法と風魔法を使ってバランスを保っているらしい。無駄に器用な事を……。

 まぁいいか。現状を把握して、出来れば飯を手に入れて脱出をしないと……ん? そう言えば、俺はどうして、脱出をしないといけないん――う……な、何だ、この頭痛は……。

 確か王に嵌められて……あの腐れ王……今度会ったらただじゃおかん……。

 その後ローザと再会して、場が荒れて、逃げて、逃げて、逃げて……あいつ等に追い詰められて……それで……。

 

 ――身体が勝手に震え始める。


 だ、駄目だ。これ以上、思い出すのは危険過ぎる! 

 まぁ、きっと良くない事があったんだろう。何時もの事だ。王都のど真ん中で愛でも叫ばされたってんなら、取り乱す必要もあるだろうが……流石にそこまではしてないだろう。

 まぁ悪い手じゃない。でも俺の精神が死ぬ。

 よし! それじゃとっとと脱出をしないとな。

 廊下を進み、階段を上ってゆく。声はしない。静かだ。気配もない。

 上った先にあったのは――がくりと床に両手をつく。

 ぐっ……幾ら何でも、本気過ぎるだろうがぁぁ……。


 開けた視界に入って来たのは、窓の外に広がる美しい雲海だった。


 同時にはっきりと感じるエンジンの駆動音。

 寄りにもよって飛空艇とは……。流石に逃げようもない。

 飛翔魔法で逃げたとしても、だ……そもそも、今、此処が何処なのか分からない以上、余りにも無謀過ぎる。海上だったら、魔力が尽きた瞬間、墜落してお陀仏だ。

 ……道理で、警戒が甘い筈だぜ。それと、リタ、この状況でも器用に寝るなぁ、お前は。

 現実逃避に座禅を組み、寝ている子龍を膝上へ。

 ゆっくり撫でながら、ぼぉーとする。

 はぁ……癒される。心が荒んでたんだなぁ、俺……複数の足音が聞こえ、背中には重み。


「マスター、ゼナも、ゼナも撫でて」

「ゼナ、狡いですっ! あのあの、私も撫でてほしいですっ」

「……いいぞー。順番な。床は汚いから、何処か座れる場所はないか?」

「あ、ならなら、展望室がいいと思います! あそこなら、ソファーも置いてありますし」

「あと、腹が減ったんだ。セレナ、悪いんだが、何か食える物と飲み物を取ってきてくれないか? ゼナ、案内してくれ」

「は、はいっ! すぐに行ってきますね」

「あーい」


 セレナが駆けていく。こけるなよー。

 まだ寝ているリタを頭の上へ移し、立ち上がる。 

 すると、ゼナは俺の右手をぎゅっと握ってきた。まったく、あの時の子猫がここまで大きくなるなんてなぁ。


「マスター?」

「ん? 何でもない。ただ、大きくなったな、と思っただけだよ」


 頭をゆっくりと撫でてやる。この感触、何度撫でても懐かしい。

 この子と旅をしたのは、あれはもう何年前の話だろう。

 ――確か、そう、あの頃ははまだ獣人族がまとまりきれず、内戦にすら成りかけていた時期だったか。

 そんな中、俺は、一人の死にかけた子猫を拾ったのだ。猫族の居住地から遠く離れた、商業同盟の港町で。

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