『何故、俺は逃げるのか? 決まっている、生き延びる為……そう! (精神的に)生き延びる為に逃げるのだっ!』裏
「――失礼します」
「おお、ヨハン。帰り支度をしているとこと、すまぬな。座ってくれ」
「はっ!」
その日――カイとクレア達がまるで逃げるように、緩衝地帯へ向け王都を発ってから数日が経ち、辺境領への帰り支度をしていた俺は王から呼び出しを受けていた。
内容は……まぁ、あいつのことだろう。まったく、最後の最後で、あのような騒ぎを起こそうとは!
だがな……俺とて、付き合いは長いのだぞ、カイ?
確かに、あの八人に要求されれば、さしもの貴様とて拒めなかったのは理解出来る。最後に会った時も、憔悴していたしな。それに嘘偽りはなかろう。
が! それが世間に伝わった時、どのような印象を持たれるかが、分からぬ貴様でもあるまい?
あれは半ば本気……と言うより強要かもしれんが、半ば演技だ。
貴様は言葉を濁していたが……王へ尋ねる。
「して、今日の御用件は?」
「うむ。貴様も分かっていると思うが……カイのことだ。どうにかして、王国へ繋ぎ止めたい。何か、策はないか?」
「難しい……否、不可能です。あいつが今大戦で私を助けてくれたのは、私が困っていたからに過ぎません。欲も皆無……とは言いませんが、地位や金では釣れないでしょう。これらの点は王の方がお分かりかと」
「分かっておる。だが、カイの見立てでは、最短2年でまた大戦だ。『八英雄』殿達からは、それを引き延ばす策について託されているが……何れ、再戦は避けられぬだろう。その時、あやつには、出来れば我が地位……不可能であるならば、人の全軍に影響を与える立場になっていてもらわなければならぬっ! ローザも『カイ様以外には考えられません!』と言っておる」
「……賛同いたします。私個人としては、あいつに剣を捧げる事に、躊躇いもありません。が……先手を打たれたようですね」
「新聞の件か。……馬鹿貴族共が騒いでおる。しかし、思ったよりも民衆は静かだな。むしろ、好意的だ」
「ほぉ……」
てっきり、貴族と民衆から文句が出てくると思っていたが……意外だ。
おそらく、『八英雄』殿達とカイは暗黙の了解でこう理解し行動したのだろう。 カイは王になりたがる男ではないし、クレア達は、自分達からカイを奪い取る流れは断固拒否する筈。
すなわち――王都で騒ぎを起こすような男は王に相応しくない、という声が噴出する効果を狙ったのだと推察出来る。
現に、貴族の一部は行動を起こしている。ここまでは、あいつらの予想通りだった筈。
まぁ、カイのやつは『……もう、おうち帰りたい。実家に帰る!』と泣いていたが。泣くあいつの首ねっこを掴んで、運んで行った我が妹は悪魔かと……な、なんだ、こ、この悪寒はっ!?
……気のせいか。如何な、あの妹でも流石にここまで離れていれば、悪口は感知出来まいて。
「まぁ、それら不穏分子を炙り出す事も狙う意図があったこともわかる」
「ですが、やはりあいつを王にするのは……ローザ様との婚姻自体、困難では?」
「…………ヨハンよ」
「はっ!」
「ローザは儂の孫。一度決めた事は曲げぬ。あの子は、たとえ相手が『八英雄』殿達相手であっても、退かぬよ。今回、一緒に行かなかったのは……単に、王都での情報収集を行う役を引き受けたのと、下準備をする為であろう」
「……下準備?」
「そうだ。カイを王とするのは確かに難しかろう。だが……ローザの夫としてならばどうだ?」
「!? では、ローザ様が、戴冠なさると?」
「あくまでも可能性だ。が……我が孫は本気だ」
歴史上、女王がいなかったわけではない。ないが……それとて、300年前の話だ。
かなり困難な話には間違いない。
しかも、ローザ姫は御年14歳。
これから僅か2~3年での戴冠なぞ、現実味はない。
「王よ、一つお尋ねしても?」
「何だ」
「……カイに伝えたという、御体調の件、どこまで?」
「あやつには、ああ言ったが、2年程度では死なぬ。と言うより、死ねぬ」
「では」
「だが……5年は保てぬ。今大戦のように、各国を束ねることは出来まい。たとえ、3年後の戦が再開されても同じことだ。途中で力尽きよう」
「…………」
「そのような顔をするな。すぐ死ぬわけではない。儂はローザの子をこの手で抱くまで、死ぬつもりはないのだ」
「では、やはり」
王が深く頷いた。
そうか……カイ、お前は我が親友だ。返しきれぬ恩義もある。
が……やはり、これは必要だ。
この御方が総指揮を執れぬ可能性が高い以上、少なくとも、お前が軍の指揮を――我がダカリヤ軍以外の指揮も執れる立場になっていてくれなければ、人は敗れるだろう。
ならば……俺は、お前やクレア達に『この裏切り者!』と罵られようとも、お前を王に、少なくとも、ローザ様の恋路を応援し――部屋をノックする音が響いた。ローザ様か?
王を見るが理解の色と……緊張されている?
入って来たのは二人だった。一人は、ローザ様だ。
もう一人は――背筋が凍り付く。窓は、そこか。よし、すぐに逃走をせねばっ!
機先を制して、ローザ様は口を開いた。
「失礼します。お爺様、お話はお済ですか? 姉様をお連れしました」
「おお、ローザや。丁度終わったところだ。久しいの。元気にしておったか?」
「はい。お蔭様で――旦那様、何処へ行こうとされているんですか?」
「…………」
背を向け逃走をはかった俺の背に冷たい声が突き刺さる。
ば、馬鹿なっ!? ど、どうして、ど、どうして、お前がここに……脳裏に笑う妹の顔が浮かぶ。
わ、罠、だ、と?
俺が、ローザ様派に鞍替えするだろうことを見越して、先んじて手を……物理的に殺す最強手を打っていたのかっ!
身体がガタガタと震える。振り返れない。振り返りたくない。
――いつの間にか、回り込まれ、目の前には、何処となくローザ様によく似た美女。
「旦那様、お話がございます」
は、反応すら出来ぬ……と!?
お、王! こ、此処はお助け――王よ、何故、ローザ様(不思議そうな顔をしている)の手を取って? しかも、その石は!
その瞬間、二人の姿が消える。カイが言っていた転移結晶だ、と……?
ひらひら、と紙が落ちてくる。
『すまぬな、ヨハン。だが、公式ではないにせよテレーザは儂の可愛い孫の一人。その頼みは断れぬ。王命だ。とにかく仲良くせよ。そして――カイとローザの件は、よしなに』
「馬鹿なっ!?」
思わず罵倒が漏れる。
幾ら何でも言うだけ言って、これは酷いのではっ!?
テ、テレーザ、少し、少し待て。
「待てません。テレーザは、一日千秋の思いで、旦那様をお待ちしておりました。しかし、待てど暮らせどお帰りになられない。そこへ、先日クレアさんと親切なカイ様より御手紙が……旦那様。夫婦の間に秘密は無し、と約束してくださいましたよね? 防衛戦では、そこまで危ない事をしなかった、と……それに、カイ様からは勇気ある告白を受けました。ある日の夜の事です。旦那様……浮気は大罪なのですよ?」
目に見える程の殺気、だ、と……? テレーザがゆっくりと腰の鞘から二本の剣を引き抜く。
そ、それは王家に伝わると聞く、伝説の双剣ではないかっ!?
……カイ! 我が親友よっ!! 悪かった!!! 裏切りそうになったのは謝る!!!!
だ、だから、早く、俺を救援しにきてくれっ! た、頼む!! 火急的速やかにだっ! そうしないと、俺は、俺は……!
「……大丈夫ですよ。少し、お話をするだけですから……」
絶対嘘だっ!!
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