『何故、俺は逃げるのか? 決まっている、生き延びる為……そう! (精神的に)生き延びる為に逃げるのだっ!』下
裏路地前方からは三人。後方からは四人が急行中。
そして、俺を掴んで離そうとしていない子が一人。
結構な死戦場を経験してきたつもりだが、ここまで絶望的な包囲殲滅の危機は記憶にない。
どうしたもんか……取りあえず、目の前で耳がぴこぴこ動いている小さな頭を撫でる。はぁ……和むわぁ……精神安定はどんな状況でも必要だよなぁ。
「……カイ、いい度胸ですね? この期に及んでその態度。や、やはり、王都の中心通りで、私達の事を、あああ愛している! と叫ばすしかありませんっ!」
「クレアはそんなもんでいいのね? 私はならもっと――ねぇ?」
「む。クレアもアデルも間違っている。取りあえずは、書かせるのが先! 後はどうとでもなる」
「「……確かに!」」
くっ……げ、現実が……過酷を極める非情な現実が……俺の精神を惨殺しにかかっているっ!!
な、何か……何か……策は……。
この場を逃れる為に何か――目の前のゼナを見る。
……いっそもう、この子でいいんじゃなかろうか?
今はまだ幼いけれど可愛いし。俺とも仲良しだし。一緒に旅した仲だし。
この前、久方ぶりに女王と話したら『妹をよろしくね。ねっ!』とか言ってたし。あの時は軽く流したが……い、いや、待て! 待つんだっ! 俺っっ!!
今の思考は、どう考えても破滅への一里塚。その後に引き起こされる混乱……と言うか、それ以前に、人としてどう考えても屑過ぎるだろうがっ。
多分、実行した後、自分で腹を掻っ捌きたくなる事は必定。自殺はしないし、出来ないので却下。
まぁ……ゼナを不幸には出来ないしなぁ。
うん? どうした? ゼナ? そんな泣きそうな顔をして?
「マスターは……ゼナが嫌いになった……? マスター、嫌がってるのに、みんなを呼んだから……」
「あ~大丈夫だよ。俺がゼナを嫌いになるわけがないだろう? それに、みんなの事が嫌いなわけじゃないんだよ」
「……本当?」
「本当だとも」
「なら……ぎゅーってして」
「はいはい」
ゼナを抱きしめてやる。
不満気なクレア達には目配り。これは不可抗力です。
泣くと大変なんだからな? ここら辺一帯なんて、精霊が荒れ狂ったら吹き飛びかねん。
視線で、もう逃走の意思がない事を伝えると、緊張感が消失。
深い溜め息をつきながら、クレアが歩いて来る。
アデルは何か思案中のようだ。
もう一人の戦友――おい、ルル。どうして、最後まで殺気をぶつけてきてるんだよ!?
「……カイは時々、私の事を女の子扱いしてない!」
「あー……それはでもまぁなぁ……何せ、当時のお前、男女の仲なんて全く気にしてなかったじゃないか」
「!? あ、あれだけ、私は必死にアピールをしてたのに、き、気付かれていなかったっ!!?」
「……ルル」
「……諦めなさい、こういう奴よ。で、愛想を尽かして諦めてくれると」
「アデル、私にそういうのは効かない。あり得ない想定は無意味」
「ま、そうよね。で――ゼナ、そろそろ離れない。カイの前だけ、子猫の振りをするのも止めなさいよ」
「やだっ! だって、マスター大好きなんだもん♪」
「……一瞬、さらっと俺の精神を貫いてくる発言があった気もするが……まぁ置いておこう。クレア、ローザは?」
「いきなり、他の女の話ですか……そろそろ、本気でお説教を」
「真面目な話だ」
「……分かってます」
と、言いながらも、私は拗ねています! 拗ねているんですからねっ! という態度で、クレアが説明を始める。
あー……ゼナ、もう良いだろ?
あと、確かに獣人は成熟が早いらしいけど……本当にもう子猫の時期は終わってるのか? い、何時から、そうだったんだよ……。
「あの泥棒猫――こほん、性格が悪い王女様と、私達は一時的に休戦することにしました」
「……休戦?」
「はい。あの忌々しい女が、カイの婚約者になる、という一線は絶っっ対に認められませんが……今後の事を考えれば、ある程度の妥協は必要ですからね。私達が緩衝地帯にいる間、王都内の動きを探るには打ってつけでしょう?」
「…………アデル」
「私だけの考えじゃないわよ。八人全員の総意よ。……あんた、どーせ、魔王領の内戦を長引かせる為に、一人で行こうとしてたんでしょ? ばっかじゃないのっ? 自分を神様か何かと勘違いするんじゃないわよっ! この前の戦争で、あんたが生き残ったのは……奇跡に次ぐ奇跡があったから。二度目はないわ。そして――私は、私達は、あんたにそんな事はもう絶対にさせないっ!!!」
「……いや、あのなぁ。そんな御大層なものじゃ……ちょっと、行って来るだけ」
「駄目です」
「駄目よ」
「行くなら、ここで判を押させる」
うぎぎ……完全に読まれておる……。
誰かがやらなければ、再度の大戦は避けられないんだがなぁ。
腕の中のゼナが顔を上げた。
「マスター」
「うん?」
「……マスターが行かなくても、裏から物資をコントロールするだけで内戦を年単位でながびかせられる。魔王軍に表向きはついている獣人の一族ともう話はつけた♪」
「!?」
マジマジと幼かった筈の少女を見つめる。
……いやまぁ、次善の策としては当然それもやるつもりではあったけれど。
うぅ……ゼナには何時までも、清らかなままでいてほしかった……。
「……こんな私だと、マスターは嫌いになる?」
「いいや。俺はゼナが大好きだから――どんなお前でも、嫌いにはならないよ」
「マスター♪」
はぁ……この子には甘いなぁ、俺……。
だけどこれは、仕方ない。
何せ、本当の意味で、死にかかってた子猫を拾って、育てて、故郷へ送り届けたのだ。その時の優しい時間は――未だに俺を支えている。
とまぁ……その前に、だ。目の前をどうにかせねば、な……。
「……カイ」
「……何? あんた、そんなに、戦争を再開したいのかしら?」
「……ゼナにはそうして、私にはしない。不公平の極み」
三人の目が淀んでいる。
捕まったら、それこそ何をされるか……おおぅ……ここで、御到着か。
音もせず、降り立つ四人の気配。
上空には不可視の魔法がかかっているが、リタもいるな、こりゃ。
俺は、抱き着いているゼナの耳元に小声で話しかける。
「(……ゼナ、いっせーので逃げるからな)」
「(うん♪ マスターとなら、何処にもでも行く~♪ 偶には逃げるのも楽しいよね♪)」
「そこっ! 何、楽しそうに内緒話してるんですかっ!! 羨ま――いい度胸ですね?」
「いいじゃない。後でやってもらいましょうよ。王都の大通りで。それとも、愛を叫ばす方がいい? 『王都の中心で愛を叫ぶ』あら? 中々、響きもいいじゃない」
「賛同。してもらう。当然一人で」
……全力での逃走を誓おう。
何故、俺は逃げるのか? 決まっている、生き延びる為……そう! (精神的に)生き延びる為に逃げるのだっ!
え? 逃げ切れたかって??
ハハハ……しっかり、八人分(ゼナまで……)、やらされましたとも。次の日に、新聞にも載ったぜ、えっへん
もう……おうちに帰りたいです……。
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