『戦況、我に利あらず。退路、退路は何処にありや? 全世界は(略)下』

「失礼します」


 そう言って部屋に入って来たのは、爽やかな薄い青色のドレスを着た、美しい淡い茶色の髪の美少女だった。

 歳はクレア達とほぼ同じ位だろう。王の顔を見ると笑顔。


「お祖父様、どうしたのですか? 今日は大事なお客様が――えっ?」

「ローザよ。よう来た。さぁかけなさい。大英雄殿の隣にな」

「くっ……王よ」


 ま、まさか、これをする為に俺を呼び出したのでっ!?

 あいつ等への説明、どうしろとっ!!?

 視線で訴えると、サインが返ってくる。


「(ローザはお前に前々から会いたがっておってな……我が孫娘の為ならば、儂は、八英雄殿達とて騙そう)」

「(な、なんと、命知らずなっ……俺は、こんな事で死ぬのはごめんですっ!)」

「(大丈夫だ。これは、偶々。そう、偶々なのだ。決して、意図的に狙ってやったものではない。そうだろう?)」

「(…………ぐっ、嵌めましたね?)」


 ここで逃げるのは容易い。如何なかつての『大騎士』とはいえ、引退して久しいのだ。逃げ切れるだろう。

 が、こちらを凝視しながら、固まっている少女に何も声をかけず逃げれば……この孫娘の為ならば、大概の事はやってのけるだろう王のこと。あいつ等に何を吹き込むか分かったものじゃない。

 そうなれば……待つのは『死』に勝る肉体的、精神的折檻だろう。


『公衆の面前、私達をどれだけ大切に想っていて、あ、愛しているか、はっきりと宣言してくださいっ!!』


 ……幻聴がする。流石の俺でも、そんな事をしたら精神的に死ぬだろう。

 仕方なし。生き残る為だ。

 それにしても、戦場より過酷な選択を強いられているような気がするのは何故だ!?

 少女にばれないように、溜め息をつき、口を開く。


「ローザ姫、久しぶりですね。覚えてらっしゃいますか? カイです」

「!!」


 ローザの目からは見る見るうちに涙が溢れ始めた。

 そして、駆け出しこちらに抱き着いて来た。

 咄嗟に受け止め、背中を撫でる。


「あ~抱き着き癖は直っていないのですか?」

「……そんな事ありません。抱き着く殿方はお祖父様以外では、この世界で一人だけ、と8年前のあの日から――誘拐された私を助けてくださった方だけだと、決めています」

「ははは。それじゃ、俺に抱き着いちゃ駄目ですよ。貴女様を助けたのは、見知らぬ誰かです、俺ではありません」

「……意地悪で嘘つきです。私を助けてくださったのは貴方様だけです」

「姫」 

「ローザです。昔のように――あの頃のように呼び捨てにしてください。あと、その話し方もです」

「そういう訳には。俺は、単なる放浪人ですしね」

「儂が許す。それに、貴様は『八英雄の師匠』にして『人族の大英雄』、そしてこの大戦を勝利へ導いた男ぞ? 誰が文句言う権利があろうか。いや、ない。そして――誰を嫁に貰うのもな」

「お、王よ……」


 さ、流石に洒落にならないですよ、それは……。

 あいつ等にバレたら、この段階で殺され――ローザ、どうして、そんなに目を潤まして?


「カイ。これは冗談ではない。儂は、貴様にこの席を譲りたいと本気で思っておるよ。貴様の見立てでは2年後、また大戦が再開されると言うならば尚更だ。ローザを娶りたい、と言うのであれば反対もせぬ。むしろ、賛成だ」

「カイ様。私でよろしければ……その、今すぐ、この場でも、いいですよ?」


 おおぅ……何という、何という、逆境!

 自分が王になれる、なんて欠片も思っていない。と言うか、絶対に務まらない。

 貴族になるのも無理。慣習やら規則を覚えられんし、統治が出来るとも思わない。

 緩衝地帯の開発は、まだやれると思うが……それでも、領地経営となると……色々大変だろう。

 そもそも、ローザとの婚姻? いやまぁ、普通に考えれば婚約からだろうが……それをどうやってあいつ等に説明して――うん? どうして、禍々しい魔力が近付いて来ているんだろうか??

 その刹那――扉が綺麗に切断。

 えぇ……どうして、バレたんだ……。

 入って来たのは、八人の美少女達。


「……カイ。浮気は大罪ですよ?」

「――カイ様。お話があります」

「……ねぇ、そういうの許されると思ってるわけ?」

「……カイ様、あの、英雄は色を好む、とお聞きしますけど、私達以外は」

「……先生、相変わらずですね」

「……カイ、そろそろ直すべき。と言うか直せ」

「マスターに抱き着いちゃ駄目~」

「あの、その……えっと、その人は私達の大事な方なんですっ!」


 うん、分かってた。

 王よ、こうなればこいつらを止めるのは――何ですか、その目は?


「(カイよ)」

「(……何です)」

「(八人も九人も変わらぬだろう? 我が孫ももらってくれ)」

「馬鹿なっ!?」


 はっ! 思わず声が……。

 えーっと、ローザ、どうして、俺を守るように前へ出ているのかな?


「……『八英雄』様とお見受けします。初めまして、私はローザ。今日、この瞬間を持ってカイ様の婚約者となった、ローザと申します。以後、お見知りおきを」


 !?

 衝撃で声も出ない。な、何を言って!!?

 待て。待ってくれ。俺は何も言っていない。

 これは――そう、言葉足らずなだけだ。話せば、話せば分かる。

 だから、おもむろに、それぞれ武器を抜くな。

 アデル、その魔法はこんな所で使っていい規模じゃないぞー。

 ゼ、ゼナ、泣くな。大丈夫だから。

 ソフィヤ、この世の終わりのような顔をしながら、神聖魔法の禁呪を紡がない。それを使うと、教会から異端扱いだからな?

 そして、セレナ……その召喚式は、『悪魔召喚』だろう? ダメです。

 ローザ、俺の腕に胸を押し付けるな! これ以上、挑発すれば……。

 

 くっ……味方、味方がいない! 王よ、これでは――何です、その石は? そして、その満面の笑みは!!?

 

 そう思った瞬間、王の姿が掻き消える。転移結晶だ、と……?

 ここまで、場をかき回しておいて逃げるとはっ!! 

 そ、それでもかつて『騎士の中の騎士』と讃えられた方ですか!?

 憤慨していると、紙が一枚、天井から降って来た。何だ?



『……カイよ。儂はもう長くはない。2年後にはおそらく生きてはいまい。八英雄殿とローザ、そして我が王国と人族の運命を頼む。なに、今すぐどうこうしろ、という訳ではない。だが、将来的には、よしなに、な』



 ……戦況、我に利あらず。退路、退路は何処にありや? 全世界は知らんと欲す!

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