『戦況、我に利あらず。退路、退路は何処にありや? 全世界は(略)中』

「よく来てくれた『八英雄の御師匠』殿。いや、大英雄殿とお呼びした方が良いかな? ――久方ぶりだな、カイ」

「……久方ぶりですね」

「何だ? その顔は。ああ、褒章の少なさが不満なのか? 何でも言え。お前が望む物、全てを叶えてみせよう。それとも、あれか? いっそ、我が椅子をこの際に譲ろうか? おお、そうだ。孫娘も来ておる。早速、報せて」

「御冗談を。で、何です? あいつ等の詰問から逃れさせてくれたのは感謝しますが……無理難題は御免ですよ。ああ、金は貰います。もっと色をつけてください。緩衝地帯を開発するのに幾らあっても足りないでしょうし。ただし、あいつ等名義にしてくださいね。俺名義ならいりません」

「くっくっ……相変わらずだな。なに、そろそろ旧友と語らいたいと思ったのだ。戦後処理の話し合いも終わったし、良い時期かと思ってな。金の件は了解した。各国合同にて拠出しよう。足りないなら、後から幾らでも言え」


 楽しそうに笑うがっしりとした初老の男。

 突然の呼び出し(『カイ殿と一対一で領土の事等、話をしたい。八英雄殿、安心なされよ。我が名にかけて逃さぬ』そこは逃してほしい……)を受けてみればこれだよ。

 かつては黒々としていた髪は、白髪になっている。それだけ、この戦争を実質的指導したことが負担となったのだろう。

 目の前で、椅子に腰かけている老人こそ、人類連合の主要国でもある王国の賢王――かつて、色々あった相手でもある。


「予め言っときますが、王都へ戻る気はありませんよ」

「分かっておるわ。が……儂はこれでも、孫娘を愛しておってな。あの子が欲するのであれば」

「一時の気の迷いでしょう。幼い頃に、誘拐されてそれを救われれば誰でもそうなります。もっと良い相手がこの世界に星の数ほどいますよ」

「ほぉ。だが……八英雄殿達は違ったのだろう?」

「ぐっ……あ、あれは特異例達です。よもや、俺との再会の為だけに魔王を討つ、なんて御大層な事をするなんて……まぁクレアは違いますが」

「貴様は八人共全員が特異例だと言うのだな?」

「そ、そうです」

「ほぉ。そうか、そうか。では、その話をローザへ」

「……本題は何です? 詰問途中なのでとっとと帰らないのと、後が怖いんですよ。加減無しなので」

「惚気てくれるではないか。この話もローザが聞いたら」

「…………分かりました。後で会います。会いますから!」

「そうか、そうか。分かってもらえて嬉しい。では――本題だ」


 空気が変わり、張り詰める。

 普段は、茶目っ気がある良き王。が、それだけでは国を治められない事をよく知っている。話せる相手だ。

 ヨハンに、領土云々、とこぼしたのはあくまでも俺との会談機会を設ける為の布石か。相変わらず喰えぬ爺さんだ。


「貴様の見立てを聞きたい。これから世界はどうなる?」

「俺は預言者じゃないですよ。単なる放浪人です。とてもじゃないですが、その問いに答える事は」

「ならば、人の誰であっても分かるまい。お前にしか聞かぬわ、このような問い」

「……魔王軍がいきなり再攻勢をかけてくる事はないと思います。少なくとも、2年程度は時間的余裕があるでしょう」

「2年だと? 魔王はもうおらぬ。しかも、魔将達も七人を討った。この状況下で稼げた時間が……僅かそれだけなのか? いや、たとえ、再攻勢があったとしても、最早奴等の中に戦略を理解する将はいないのではないか?」

「ダカリヤにおいて、俺達は、相討ち、贔屓目に見て辛勝しましたが……『血斧』『蹂躙』『導魔』を討てませんでした。ああ、これはダカリヤ軍将兵及び住民達の責ではありません。無論、大戦略方針である、『ダカリヤ領を救わずに、魔王を討つ』と決めた貴方方のでも。最終的には戦場での軍略を決定した――俺の責任でしょう」

「馬鹿な事を言うな。儂を馬鹿にしておるのかっ! の報告書は読んだ。『真祖』『闇牙』を討ち、陥落は必至だったあの都市を救ったのだぞ? 貴様以外の誰に出来ようか。あれ以上を望む程、儂は愚かではないわっ!!」


 ヨハン! あ、あの野郎……確信犯かっ!! お、己……覚えていろよ……。

 ったく……買い被りが過ぎるんだよなぁ……。あれ位なら、アリスやクレア、でもやれただろう。アデルならばもっと簡単にどうにかしたかもしれない。他の子達にしたところで同じだ。


「……カイよ。貴様に多くの、余りにも多くの事を押し付けた我等が無能を責めてくれ。貴様にはその権利がある」

「無能などと。むしろ、貴方がいなかったら負けてましたよ、この戦争」

「過分な評価だな。儂はただ声が大きかったに過ぎぬ。しかもそれにしたところで……孫娘と大して変わらぬ娘達を死地へ送り込むと言う、外道の所業を行った上での勝利だ。情けなし。守るべき者達を守れずして、何が王、何が騎士かっ!」


 嗚呼……良かった。この人はどうやら変わっていないらしい。

 ならば、やはり、俺は王都に居なくても大丈夫だろう。


「……何を笑っておる」

「いえ、嬉しくて。そのお気持ちを忘れないでいて下されば俺は満足です。安心して、あいつ等の相手をしましょう。話を戻します。先程、2年と言いました」

「うむ」

「おそらく――次の魔王は『血斧』です。そして、ダカリヤからの撤退戦を調べた限り、手強い。野戦指揮だけならば、現時点でも名将です。そして、これから始まる内乱で更に学ぶでしょう」

「内乱だと? 魔王を巡るか。なるほど――将の質と、戦力を温存して戻った小鬼族が優位に立つ、と貴様は考えているのだな?」

「はい。その後は、流石に分かりません。けれど、遠からず」

「……来るか。分かった――人同士で戦後の領土争いをしている場合ではない、という事だな。緩衝地帯は任せるぞ?」

「乗りかかった船ですからね。……出来れば、あいつ等は故郷でゆっくりと」

「それは無理だ。国を滅ぼされかねん」

「ええ……そこは何とかして――」


 扉がノックされた。

 上品な叩き方だ。魔力からして、あいつ等ではない。

 はて? この感じ、俺は何処かで知っている。……はっ!

 椅子から立ち上がり、咄嗟に窓へ向かう……王よ、相変わらず凄まじい握力ですね。『大騎士』は当の昔に引退されたのでは?



「まぁ待て待て。折角、来たのだ。お茶でも飲んでいけ。いや、飲め。お入り――ローザ。懐かしい客人が来ておるよ」

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