内堀編そのいち

『戦況、我に利あらず。退路、退路は何処にありや? 全世界は(略)上』

 部屋に入った瞬間、男(確実に俺よりも男前だ。畜生が)を睨みつけ、殺気を放つ。


「……裏切り者め。あれだけ言ったのに、バラしやがって……覚悟は出来ているんだろうなぁ?」

「ま、待て。あれは仕方ない、そう仕方ない事だったのだっ! まさか、義勇兵の口から洩れるなぞ、想像出来まい。それに、だ。俺とて……これを見ろ……」

「何だよ? こんな惚気が書かれている手紙を見せられたところで、俺の怒りは……ヨハン」

「くっ……同情は不要だ! 今、必要なのは一緒に、立ち向かってくれる同志。否! 戦友だ。カイ、よもやお前は、俺を見捨てることはなかろうな?」

「…………強く生きろ。多分、殺されはすまい」

「そうか。共に来てはくれぬのか……ならば、此方にも考えがあるぞ……」


 ヨハンの目から光が喪われている。こ、こいつ、俺まで巻き添えにする気か!?

 まぁ確かにあの嫁さんはおっかないからなぁ……。

 道理も弁えているし、こいつの事を本当に大事に想ってくれているし、大概の事は許してくれる出来た子なんだが……無理無茶、それも『命を賭ける』的なのをすると、それはそれはもう怒る。まぁ当たり前か。取りあえず、愛情過多なのは間違いない。

 バレれば相当ヤバイから、隠していたってのに……何でバレたんだ? 大体、あのハルバードは何処から出て来た?


「カイよ」

「何だよ」

「お前……攻防戦終了後、寝込んでいたな?」

「それがどうした? 流石にあの傷じゃ動けん」

「確かにな。で、だ――その時、お前につきっきりだった、衛生兵の少女を覚えているか?」

「……ヨハン。それはいけない話だ」

「ほぉ?」

「あのな、誤解してないか? 言っとくが何もない。ただ、単に傷の手当を受けただけだ。天地神明に誓う」

「ふむ?」

「大体、何処からそんな話を……あ、隊長だな! あの野郎。話を面白おかしくして、言いふらしてやがるのか。今度、会ったら……ふふふ……。そうか、アデルが持っていたハルバードもあいつが」

「ああ、それは違うな」

「?」


 違う?

 それじゃ、あんな物を誰が回収したってんだ??

 もう、再生するのも無理だろうに。


「あれを回収したのは、お前を看護してくれた例の衛生兵――マリアだ。そして、それを彼女は実家で保管していたとのことだ」

「……何故に?」

「くくく、分からないのか?」

「いや、だって理由がないだろう。壊れた武器だぞ? そりゃ、熔かせば再利用は出来るだろうが」

「カイよ、お前は自分がやってのけた事に対する評価が低過ぎる。悪い癖だぞ、いい加減直せ。何しろ今やお前は『八英雄の師匠』にして、大戦を勝利に導いた『大英雄』なんだからな」

「…………ヨハンよ」


 一連の会話を聞いて、脳裏に閃いた結論は余り考えたくないものだった。

 

『八英雄の師匠』

 

 これは……良くはないが、まぁ納得しよう。少なくとも、派手に宣伝される事は事前に防止したのだし。

 

 が、『大英雄』とな?

 

 うん……ちょっと、待とうか。それは、いったい誰を言ってるんだ?

 そして、何をもってその称号が突然浮上してきた?

 確かに、あの子達にはバレた。

 それで、散々責められたし、泣かれたし、拘束も激しくなった。今日、この場に来るのだって、中々大変だったくらいだ。

 けれど、あの攻防戦の詳細内容はまだ、各国首脳部に届いていない筈。あの子達にも言い含めておいたし。

 にも関わらず、御大層な称号が浮上してくる。つまり


「もしや――全部バレたか?」

「ああ、バレた。俺もさっき陛下から問い詰められた。ハハハ、叙勲+望むだけの領土、だそうだぞ? ……それを管理出来る人材は自前だがな」

「な、何故に?」

「前々から、各国首脳部が内々に探っていた、というのもあるし、クレア達が嗅ぎまわっていた、というのもある。が……根本原因は、貴様だ」

「はぁ!? 俺が何をしたと」

「マリアだ」

「うん?」


 どうしてそこで、あの肝が据わっている少女の名前が出て来るんだ?

 攻防戦の最中と、終わった後、あの子には散々世話になった。

 約束した『礼は何がいい?』と言う問いには、『カイ様が正当に評価されれば、私は満足です』とか答えてきたから、苦笑した記憶がある。

 何だ、『正当な評価』って。

 過分な評価を貰い過ぎてるから公文書編纂の時に、散々削る羽目になったんだが。そう言えば、他の連中もごねてたな。何だったんだ、あれは。

 取りあえずこのまま何もしないわけにもいくまい、と、王都に来る前に、今回の攻防戦で貰った報奨金の半分(残りは隊長に『みんなで美味い物でも食え』と押し付けた)はそっくりそのまま、あの子の実家に送り付けておいたが。


「お前も知っていよう。あの子の実家は我がダガリヤでも有数の名家だ。おそらく、うちよりも金は持っているだろうな」

「そうみたいだな。『高貴なる者の義務』ってやつか。御両親も戦場に出ていたそうだし……大したもんだ。いやまぁ、あそこではそれが普通なのかもしれないが。おい、領主がいいからだな」

「茶化すな。お前、俺が渡した報奨金、送り付けたそうだな?」

「ん? ああ。何も渡さないわけにはいかんだろ。俺はこれでも育ちがいいんだ。勿論、手紙もつけたぞ。向こうからすればはした金かもしれんが」

「クレアには言うなよ。殺されるぞ。で、だ――受けとったあの子がな、怒ったらしい。公式文書を読める立場だったのも大きいな。そして、両親に訴えた。お前のことが過小評価されている、とな」

「……おい、まさか」

「そのまさかだ。俺ではなく――各国首脳へ直接、自分が見た内容を両親経由で提出したそうだ。証拠の一つとして、大事に保管されていたハルバードが王都へ運ばれてきた、というわけだ。そして、その解析役として」

「……天下の『大魔導士』様が出て来た、と。出所は伝えてないだろうな?」

「ああ、今のところはバレていない。が……さて、どうしたものかなぁ? 誰かさんが俺と共に立ち向かってくれないと、うっかり口が滑りそうだ……そう、うっかり、我が妹の前で」

「ぎぎぎ……ヨ、ヨハン様。それは余りにも、御無体では? 我等は固い友情で結ばれた親友の筈」

「うむ。が……俺は自分の命が惜しい。さて、返答や如何に!」

「うぐぐ……お、俺は……ヨハン様、と、共に……」

「共に、何だ?」

「そうです。何ですか? はっきりと言ってください。……何を隠しているんです?」

「とっとと吐いた方が身の為よ? どうせバレるんだし」

「――カイ様、手荒な真似はしたくないのですが」

「カイ、吐け」

「「!」」


 恐る恐る振り返る……おお、神よ。流石に、それはあんまりです。

 そこで笑っていたのは、四人の少女。

 わざと、魔力を隠して接近したから気付かなかった。いや、動揺が主因か。

 さて、どう誤魔化すか……ヨハン、逃げるな。俺達は一蓮托生だろ? 

 分かっている。俺も、お前の嫁さんに誠心誠意説明しよう。多分、無駄だろうが……死ぬ時は一緒だ!

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