外伝―11 命の賭け時➄
これで何度目だろうか。
槍と槍とがぶつかり、激しい火花を散らす。
技量は互角。
双方、示し合わせたように攻撃魔法を使わず、槍での勝負になったのは将としてではなく、武人としての矜持故か。
「――人の将よ。名を聞こう」
「名を聞くのなら、まず名乗るべきだろう」
「これは、我ともあろう者が。我が名はケヒピピ。誇り高き人馬族の長にして、魔王陛下が臣。魔将『蹂躙』なり!!」
「ほぉ、貴様がかの。我が名はヨハン。ヨハン・ダカリヤ!」
「やはり。馬上の身でありながら我と互角に渡り合う人族なぞ、貴殿しかいないと思っていた。主攻から外され、貧乏籤かと思っていたが、面白い。面白いぞっ! 貴様をここで討てば、勝利は我等の手中!」
「それはどうかな!」
凄まじい速さで繰り出される槍の応酬。
周囲では、ダカリヤ騎兵と人馬兵が介入のタイミングを探っているが……ヨハンとケヒピピは音に聞こえた猛者。とてもではないが、安易に介入など出来るものではない。
「それにしても、貴公ともあろう者が悪手だったなっ! 貴様等の――ダカリヤの衝撃魔法騎兵に気付かぬ我等とでも思ったかっ!! ここで、貴様等を止めてしまえば、後はゆるりと都市を落とせば仕舞い。例の『戦神』も今頃は討たれているだろう!!!」
「……はっ! 何を言うかと思えばっ! あいつの言った通りのようだなっ! この戦――俺達の勝ちだ。どうやら、貴様もまだ気付いていないようだがなっ」
ヨハンがケヒピピを見て嘲笑う。
その目には確信と――強い信頼。
「何を言って? 貴様等以外に誰がいると言うのだ! 我が本陣の後方は崖。騎兵を運用出来る場所など、ここしかない! それを――っ!?」
「ああ、どうやら間に合ったか」
空に上がったのは赤い信号弾と大地を揺らすような雄叫び。
その場所は――
「馬鹿なっ!? 本陣の上からだと!!! 貴様、ま、まさかっ!!?」
「くくく……面白い事を教えてやろう。お前らが『戦神』と呼んでるだろう奴が言っていた。『あの崖は鹿が行き来している。そして馬も四つ足。ならば――ダカリヤ騎兵なら崖くらい降りれるだろうぜ』」
「貴様……!!」
「おっと。悪いが救援などさせんよ。お前とお前の部下達にはここで俺達と遊んでもらう。なに、うちの別動隊が本陣を壊滅させるまでの辛抱だ――そう時間は取らせんよ」
ヨハンが不敵に笑い、槍を構える。
最初の突撃で相当数を蹴散らしたものの、数は明らかに劣勢。何しろ、部隊を二分してしまっているのだ。
このまま戦えば――彼を含め、この場で戦っている騎士達は皆、戦死は免れまいだろう。
が、敵の本陣を潰し、阻害魔法さえ排除出来れば、後はどうとでもなる。
ここが正に『命の賭け時』。
第一だ。こいつはさっき何と言った?
カイが討たれる? 俺より先に?
ヨハンはますます笑みを深め、やがて声を出して笑い始めた。
「何を笑っている! 何が可笑しい!!」
「お前らの――認識の甘さにな、ついつい。あいつが討たれる? はんっ! 甘過ぎるっ!! あいつを誰だと思っているのだっ!!! 我等の――否! 人族最強の大英雄を舐めるなよっ!」
※※※
「答えろ! 何故、貴様がそれを持っているっ!! それは我等の至宝。貴様のような下賤の者が持つ物のではないっ!!!」
「あいにくと答える義理はねぇなぁ」
殊更、ゆっくりと短剣――『勇者殺し』を動かす。
……さて、どうしたものかな。
『闇牙』は倒した。が、その結果、こちらの魔力はほぼ零。
長を喪い、数を減らしている蛇人達の目には憎悪。未だ戦意がある。
もう一人の『真祖』と吸血鬼共は健在。
左手のハルバードは、刃の部分が半ばから砕けている。最早、武器としては使えないだろう。
合図がない以上、まだ粘る必要があるのだが。
『勇者殺し』は相変わらずとんでもなく強力なものの、魔力を馬鹿喰いし過ぎる。次の一閃は命を賭ける必要――ああ、何だそんな事か。
『勇者殺し』を握り締める。漆黒の刃がゆっくりと変わっていく。
「!? き、貴様、いったい何を!」
「うん? 流石にもう魔力もなくてなぁ。仕方ないから、俺自身の『命』を注いでみた」
「なっ!?」
漆黒から深紅へ。そして短剣から片手剣程の長さへ。
うん、これなら――いける、か。
目の前で驚愕している『真祖』へ微笑む。
「悪いが――お前にはここで死んでもらう。魔王も死ぬだろうが、次が残られても英雄様達やヨハンが困るんでな」
「っ! な、何をしているっ!! 皆でかかれ!!!」
此方の覚悟を理解したのだろう。その声に余裕は皆無。
命令を受け、蛇人と吸血鬼達が突撃してくるが……関係無し!
――深紅の刃を煌かせ、『真祖』に向け一閃。
瞬間、時が止まり、やがて動き出した。
一閃上にいた、蛇人、吸血鬼達は、その顔に恐怖と驚愕を浮かべたたまま、両断されて倒れ、赤い砂へと変わっていく。刃も消失。
流石に……キツイ……。
咳込むと、血。立っていられず膝が落ちる。
「ふふ……ふふふ、見事なり! 人族の英雄よっ!! だが――この勝負、我の勝ちだっ!!」
勝ち誇った声で、『真祖』が上空から舞い降りて来る。見れば、右腕はない。
ちっ……腕と部下を犠牲にかわしやがったか……。
左手に持っていたハルバードを投擲。避けられもせず、弾かれ空中へ。
奴の剣がこちらに向けて振り下ろされる。
「終わりだっ!」
「……ああ。お前がなっ!!」
「!? ば、馬鹿、な?」
「ユノ様っ!!」
空中で弾かれた筈のハルバードが反転、奴の左腕を切り裂いていた。同時に、『勇者殺し』が煌き――心臓を刺し貫く!
「ば、馬鹿な……そ、そうか、貴様、弦を……く、くくく……み、見事なり。最期だ。名を。今度こ、そ、教えてく、れよ、うな?」
「……カイだ」
「カイ、か……見事、見事なり、人族の大英雄よ、『魔将殺し』よ……先に逝った、同胞達、へ、の、よき土産――」
「ユノ様ぁぁぁぁぁ!!!!」
吸血鬼の一人が絶叫する中、『真祖』が笑みを浮かべたまま赤砂になり、消失。
同時にこちらも今度こそ限界。崩れ落ちる。
まだ、生き残りの敵は多い。憎悪と殺気を立ち上らせ、ジリジリと包囲の輪を縮めてくる。ふふ、そんなに怖がらなくてもいいのにな。もう、動けねぇよ。
ああ……すまん。ヨハン。悪い……クレア。どうやら、俺は――
「目標、敵蛇兵及び吸血鬼!!! 打ち方始めっ!!!!」
突然の命令。そして、同時に矢、魔法が敵兵に殺到、統制射撃で次々と討ち倒される。
敵兵に動揺。生き残りの指揮官達がなんとかしようとしているが、その間にも一体、一体、確実に討ち倒されていく。
どうやら――やったのか。遅ぇよ、ったく。
此方の屋根へ全速力で隊長と兵達が乗り移り、周囲を固めていく。
おいおい、あの嬢ちゃんまで来たのかよ……。
「旦那っ!」
「カイ様っ!!」
「……馬鹿が。どうして、来た? 俺とヨハンが命じたのは『死守』だ」
「はい。だから『死守』しに参りました」
「何を言って?」
「御館様が言われたのです、旦那が行かれた後に我等将兵一同を集め。『魔力通信回復後、直ちに、カイの援護――いや、あいつを『死守』してくれ。これは、正式命令ではない。ヨハン・ダカリヤ個人としての頼みだ。……俺の親友を、あのどうしよもうなくいい男を、どうか、救ってくれっ。頼む! この通りだっ』と」
「あの、阿呆がっ!」
何とか、立ち上がろうとするものの、足に力が入らない。
あの、あの、あの、馬鹿野郎っ!
俺なんか打ち捨てて、とっとと自分を救援させるべきだろうがっ!
あいつは自分がどれだけの人物なのかを――
「カイ様、動かないでください! ……酷い傷。ど、どうやったらこんな傷でここまで動けるの……?」
「旦那っ! 御館様は大丈夫です!! 既に無事、戦場を離脱されたのを確認しています。ですからっ、もうご無理は!!」
隊長とマリアの声が遠くに聞こえる。
ちっ……まだ、まだ倒れるわけには……意識を喪失しそうになりながらも、辛うじて目を開け――視線が交錯。
その少女は憎悪を浮かべながら、此方を見ていた。
それを見た瞬間、理解する。そうかよ――口を動かす。
『退け。無駄死にするな。俺を殺したいんだろう? 何れまた戦場で』
認識したのだろう。
少女は憎悪を浮かべながらも、退いていく姿が見えた。
そこで――俺の意識は途切れる。
俺が知っている攻防戦はこれが全てだ。
隊長の話だと、その後、生き残った『血斧』が軍をまとめて、退いていったそうだが……詳細は分からない。
結局、俺達は多大な犠牲を払い、辺境伯領を守り切った。
兵達の奮戦と住民達の献身がなければ、とてもじゃないが達成出来ない奇跡だったろう。俺自身は運よく命を拾っただけ。皆に感謝だな。
※※※
「……バカ。バカバカバカ!」
「――カイ様。いけません」
「あ、あんたねぇぇ!」
「カ、カイ様、ぐすん……」
「先生、私を呼んで下されればっ!!」
「カイ、次はないから」
「マ、マスター、駄目~!」
「あのあの……めっ、です!」
今、俺の周りにいるのは『八英雄』の少女達。
……よもや、あのハルバードが回収されて、クレアからアデルの下に渡っていようとは。と言うか、誰が拾ったんだ、あんな物。
報告書+各所への聞き取り+ハルバードの魔力解析(本来はとんでもなく難しいし、時間もかかる)の結果――見事にバレた。
勿論、『勇者殺し』とかの話は、ぼやかしたが……おのれ、ヨハン……この借りは必ず返す。返すからなっ!
「カイ、聞いているんですかっ!」
ハイ、聞いています。聞いているから。その、なんだ……泣くなよ。
二度と、こんな事はしないって。約束する。
何? 信用出来ない? ならどうする……いや、そのだなぁ。
全員と婚約するってのは流石にその……すまんっ! ここは逃げさせてもらうっ!!
――捕獲されてどうなったかは察してほしい。
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