外伝―10 命の賭け時④

 防御陣地へ、次々と小鬼兵達が押し寄せてくる。

 が、ヨハンとカイが執念すら感じさせる情熱を傾けて構築した火力網は、字義通り鉄壁だった。

 火力がやや薄い、と吶喊して来た小鬼兵達はそれが死の罠――無数の矢玉、魔法の十字砲火へ誘い込まれて事を知り、気付いた時には次々と倒れていく。

 それでも、前進は止まらない。

 無数の死体を踏みしめ前進してくる。

 まだ、近接戦にまでは持ち込まれていないものの、危機的状況に変わりはない

 自らも弓を操りつつ隊長が叫ぶ。


「軍曹! 状況は?」

「矢玉は十二分ですっ! ヨハン様と旦那の、通常じゃ考えられない消耗具合ですが保てます。士気も問題ありませんっ!」

「魔法兵は?」

「若干、疲労しつつありますが……いけますっ」

「通信は回復したか?」

「まだです。合図も」

「そうか。ならば」

「はい。放ち続けるしかありません」


 そう言いながら、軍曹は火炎魔法で敵を焼き払う。

 防御だけなら、いけるか……どうやら、敵は旦那の策にまんまとはまり、部隊を分散したらしい。

 一部に、蛇人やミノタウロスが混じっているものの、大半は小鬼。

 精強を謳われ、恐れられている蛇人や、吸血鬼、人馬族の精鋭部隊は見えない。

 つまり――


「ヨハン様と旦那がそいつらを引き付けてるってことか……部隊の準備は整ってるな?」

「問題なく。通信回復次第、何時でも」

「……皆に言い聞かせたな? これは賭けだ。生き残れる保証もないし、正式命令でもない。俺が言い渡されたのはただ一言、『死守』。それだけだ。通信回復以後も同様。救援は命ぜられていない。つまり……あの人達は、端から御自身達の生還を期しておられないんだ。……気に喰わねぇ! ここまで来て、仲間外れは願い下げだ」

「はい。皆、理解しています。第一、あの方々を死なせるような事あらば、仮に生き残ったところで。後世の学者共は何と言おうが知ったこっちゃありませんが……我等にも意地がありますれば。ああ、志願しなかった者はいません。重傷者ですら、同行を願い出ています」

「くくく……そうか。分かってると思うが歩けない奴と、女、子供、老人達は除外だ。旦那に殺されちまう」

「ははは。その旦那を救いに行って、逆に殺されちゃたまったもんじゃありませんな!」

「まったくだっ!」


 二人が楽しそうに笑う姿を見た兵達は唖然としていたが――やがて古参の士官、兵達も笑い始め、それはやがて全軍に伝播していった。

 それを聞いた敵軍には深刻な動揺。

 人も魔物も、分かっているものは恐怖を感じないものだが、分からないものは怖い。戦場においてはましてそうだ。

 

『ダカリヤ軍、未だ士気旺盛にして健在。防御陣地前は屍山血河となりつつあり』


 前線からこの報を受けた魔王軍の将『血斧』は、その後、ある決断を下す。

 故に――この出来事は後に『ダカリヤ攻防戦終盤における奇跡の一つ』と謳われることとなる。



※※※



「我は侮っていた……貴様を、貴様の脅威を。よもや、我とイラマト、そして両一族を相手にして、ここまで粘ろうとは! その力、間違いなく一軍に匹敵する。称賛しよう」

「うむ……再度聞く。人族の英雄よ――これが最期だ。聞こう。貴様の名は何と言うのだ?」

「……もう、勝ったつもりか? 吸血鬼と蛇人ってのは余程、お喋りが好きらしいな」

「そうか。ならば」

「名も無き英雄、と言うのも一興。死ぬがいい」


 一気に殺気が増す。ちっ。

 状況は最悪の最悪だ。

 多少、蛇人の数は減らしたものの、部隊崩壊には遠く、魔将達もまた健在。

 合図は未だ。時間的にはそろそろの筈だが……。

 既にハルバードは刃こぼれだらけ。『剣』の展開もままならず先程消失した。

 大魔法も、残魔力では自殺行為。治癒と、飛翔魔法へ回さなくては、すぐ囲まれて死ぬだろう。

 弦は問題ないが、一撃で致命傷を与えられない。絶命しなければ、両族とも回復してくるのが厄介に過ぎる。だが、『』は仕込んだ。あの様子なら効く筈。

 ハルバードを握り締める。

 

 ――未だ死ねない。

 

 少なくとも、ヨハン達が敵陣突入を果たし、通信が回復するまでは、こいつらを何処かへ行かせる訳にはいかないのだ。

 あー中々、しんどい。おい、クレア、俺は今、とってもお仕事をしてるぜ。

 

「……何故、笑う? お前はもう死ぬのだぞ?」

「遂に気が触れたか?」

「悪いが正気だ。こんな俺なんかの為に、天下の魔将二人がかりってのが面白くってな。ああ、言っておくが、貶している訳じゃない。あんた等は強い。が……馬鹿だな」

「なっ! 人間如きが、ユノ様に向かって――っ!」

「ヤリヤ」

「はっ……」

「あんたら、俺とヨハンが死ねば、この都市は落とせると思ってんだろ? 甘過ぎる。ここは落ちねぇよ。ああ、あと――魔王は死ぬな」

「「!?」」

「人を甘く見過ぎだよ。さ、戯言はここら辺にして、やろうかっ!」


 呆気に取られている近場の蛇兵へ、ハルバードを振り下ろし、頭を潰す。

 次だっ!

 足場となっている屋根を斬り、崩壊させる。敵部隊が動揺。

 落下する蛇兵は無視。襲い掛かってきた吸血鬼達を弦で迎撃。

 こいつら相手に、空中戦は不利だ。すぐ隣の屋根へ飛び移り、駆ける。次々と魔法が着弾。最低限の防御だけで、後は回避。

 特大の殺気。

 咄嗟に急展開。前方の屋根が下から抉りとられて消失。


「貴様っ! 先程から、我が同胞ばかりをっ!! 許さん、許さんぞっ!!」

「ああ、すまん。蛇人の方が脆くてな、ついつい」

「貴様ぁぁぁっ!!!!」

「イラマトっ! よせ、単独でかかるなっ!!」


 激怒した『闇牙』が襲い掛かってくる。

 『真祖』は――射程外か。流石に冷静でいやがる。

 長槍の凄まじい一撃をハルバードで受け――砕けた。ここで限界か。

 奴の目に喜色。

 弦では致命傷を与えるのは不可能だし、防禦も無理だ。こちらの魔力は乏しく『剣』を展開出来ないことも見透かされている。

 だがなぁ――ここだっ! 腰に手をやり引き抜き、横薙ぎに一閃!!



「!!!? ば、馬、鹿な……こ、の、我が、我、を……一撃……」

「イラマト!!!!!」



 目の前で、上半身と下半身に両断された『闇牙』が倒れていき、軸線上にいた蛇人達、建物もまた同様。相変わらずとんでもねぇ。

 ……代償もヤバいけどな。もう一閃は、命を賭ける必要があるだろう。

 なけなしの魔力を喰われ崩れ落ちそうになるも踏ん張り、意図的に笑う。


「貴様、そ、その短剣は……ど、どうしてそれを貴様が持っているのだっ!? それは、我等の――先代魔王陛下の――!」

「さぁなぁ、どうしてだと思う? 何にせよ――残るはお前だけだ」


 漆黒の揺らめく刃を携えた美しき短剣――銘『勇者殺し』は次の獲物を欲して煌いていた。 

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