外伝―9 命の賭け時➂
「さて、何処から手をつけたものか」
屋根の上から敵情を確認しつつ、少し考える。ヨハンに啖呵を切った手前、早々死ぬ訳にもいかない。あの少女との約束もあるしな。
眼下には無数の敵兵が群れていた。多くは長槍を持った小鬼兵。少しずつ、防御陣地へと向かっている。
今なら奇襲になるだろうし、戦果も十分挙げられるだろう。
だが……
「雑兵を多少叩いても無駄だろうな。と、なると、やはりまず俺が殺るべきは――お前らとなるわけか」
風切り音と共に殺到してきた槍衾を回避。
同時に弦を展開、それらを斬り飛ばす。周囲から水魔法の気配。
屋根の上を走り、明らかに別格の敵――蛇人へハルバードを繰り出す。接近すれば、魔法は撃てないだろう。
向こうの長槍とぶつかり凄まじい金属音。数合打ち合い理解。こいつ――強い!
一旦距離を取る。周囲には数十人の蛇人。魔力の感じからしてこいつらも精鋭。
目の前でこちらを睨みつけてきている、おそらくは魔将に声をかける。
「……名を聞いておこうか?」
「我が名はイラマト。魔王陛下より『闇牙』の称号を与えられし、魔将なり。人族の英雄よ、貴様の名も聞こう」
「……俺は英雄じゃねぇよ。名乗る程の名もない」
「そうか――ならば、名もなき英雄よ。数多の我が同胞討ちし報い、今日こそ受けてもらおう。その首、貰い受ける!!」
そう言うと、イラマトの身体から魔力が吹き上がる。
ちっ、ここからが本番か。
現状、絶好調な状態と比べれると魔力は約半分。負傷した箇所も大概治癒したものの、まだ疼く。
濃厚な阻害魔法は当然ながら健在。時間がかかる大魔法をこいつ相手に使っている余裕はないだろう。
しかも、ヨハンが目的を少なくとも果たすまでは『脅威』と認識されていなければいけない。引き付ける魔将が一人では足りないのだ。最低でも後一人は引き寄せなければ……あいつが死にかねない。
つまり――覚悟を決めるしかないか。自分で言い出した事だが、中々キツイな。
苦笑しつつ弦の展開を止め。集約。
それを見ていた周囲の蛇人は怪訝そうな顔を浮かべ、嘲りに変わる。
「アキラメタカ!」
「ドウホウノカタキトル!」
「シネシネ!!」
口々に叫びながらこちらに突っ込んできた。よし。
長槍を片手のハルバードで受け止め――展開した『剣』を一閃。
絶叫。血しぶきと内臓が撒き散らされる中を前進。
混乱している敵兵を次々と屠る。
「ナンダ、ナンダ!?」
「バケモノ、バケモノッ!!」
「貴様ぁぁぁ!!」
怒号をあげて吶喊してくる、敵将は一時的に無視。
敵兵に紛れ、数を減らす事に専念する。
……相変わらず『剣』は消耗が激しい。
後方の一部隊をほぼ壊乱させたところで、頭上から強烈な一撃。
ハルバードで受け止めるが、片手では受けきれない。跳躍し、違う屋根に飛び移る。ふぅ。
向こう側の建物からは憎悪の視線。
「貴様、貴様、貴様……よくも、よくも、我が一族をっ!!」
「蛇人は精強だと聞いてたが。どうやら、そうでもないみたいだな。ああ、なるほど、だからここまで戦場で見かけなかったのか。巨人、ミノタウロス、骸骨共の手強さはこんなものじゃなかったものなぁ」
「な、な、なっ!?」
あからさまな挑発。
自分で言っていて反吐が出る。ああ、まったくもって度し難い。
こんな事をしている人間が『英雄』の筈ないわな。
思わず、笑い声が漏れる。
それを聞いた蛇人達は更に激昂。
屋根を飛び、イラマトを先頭にこちらへ移ってくる。
「……貴様は、殺す。必ず殺す。我が名に懸けて、貴様はここで討つ!!!」
「出来るものならやってみな。まぁ、戦場を知らなそうな蛇人程度に負けるわけもないが」
「黙れぇぇぇ!!!」
長槍の一撃を間一髪で回避。屋根には大穴。喰らったら、防御云々じゃない。死ぬだろう。
回避した先にも、次々と水槍。混乱の乗じて数は減らしたが、やはりこいつらは精鋭だ。一々、攻撃が鋭い。
――幾棟の屋根を移動しながらも、少しずつ追い詰められてゆく。
やはり、統制された部隊相手、しかもそれが精鋭ともなれば、こうなるのは必然か。勿論、隙を見て数を削ってはいるが……まだ足りない。
だが、これだけ派手に動き回ればそろそろ。
息を吐き血塗れになり、刃こぼれだらけのハルバードを肩にかけて嘲笑する。ああ、本当に度し難いぜ。
「おいおい。たかが、俺如きを仕留めきれないのか? 音に聞こえた蛇人の実力はそんなものなのかよ?」
「……ユノが言っていた意味を理解した。貴様は、貴様は……人間ではない!」
「はぁ? 何を言ってるんだ。俺は人間だ。お前らの言うところの、弱っちい人間だよ」
「普通の人間が、我等一族を相手にながら、ここまで戦えようか? 否! 断じて否っ!! 貴様は危険過ぎる。ここで討たねば、更に多くの同胞を殺すだろう。たとえ、我が身を犠牲にしようと……我が一族、悉くが倒れようとも、貴様をっ!」
「イラマト――その役割、貴様だけに果たさせるつもりはない」
後方から静かな声。しかし、明確な覚悟を秘めた声だ。
……来たか。さて、誰が引っかかってくれたか。
わざと軽い口調で尋ねる。
「どちらさんだ? 今、俺は少し忙しいんだ。用件があるなら手短に頼む」
「そいつはすまない。なに、すぐ済む話だ。貴様の首を取るだけの、な。名乗っておこう――我が名はユノ。魔王陛下よりこの地を併呑を命じられた『真祖』なり!」
「へぇ……そいつは」
ゆっくり振り返る。
何とまぁ。精々、他の魔将とその直属を引っかけられれば御の字と思っていたが……よもや、総大将とは。
笑いが止まらない。
同時に、この場にいない奴に同情する。あんた、続けていても多分この戦争には勝てなかったよ。
周囲の蛇人、そして吸血鬼の連中が動揺。
「……何故、この状況下で笑う?」
「いやなに、少々、憐れだと思ってな」
「……憐れだと? 自分の境遇がかっ!」
「それは勿論、魔王がだよ」
「なっ!?」
魔族は人に比べて強い。強過ぎる。
結果、戦場全体を俯瞰出来る能力を持つ者は少ない。
この場面で、総大将が端武者のように振る舞うなんて、悪手も悪手。大悪手。
ヨハン? ああ、あれはいいんだ。たとえ、俺やヨハンが戦死したとしても、目標さえ達せば、この都市は落ちない。あくまでも、作戦目的は『辺境伯領の防衛』なのだから。そもそも、あいつは早々死なないしな。
だが――こいつは違う。目的と目標を混在させている。
後は単純作業だ。ヨハンが本営を潰すまで粘ればいい。結果、おそらく――俺は死ぬだろうが、そんなのは些事だ。嬢ちゃんへの言い訳は生き残った奴にさせればいい。
俺はますます笑みを深め、言い放つ。
「悪いな。この戦――どう転んでも俺達の勝ちだ!」
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