外伝―8 命の賭け時➁
――同刻。魔王軍ダカリヤ攻略軍本営。
「都市だ! この忌々しい都市を陥落させる事こそ、魔王陛下は望まれているのだっ!!」
「違う、奴だ! あの男を討つ事こそ最優先とすべきだっ!! このような機会は、二度とないっ!!!」
「馬鹿なっ!? 貴様……分かっているのか? 我等は、今や一個人の闘争をしているのではないっ!! 戦争を――人間共と、種の生存を賭けた大戦争をしているのだぞ?」
「貴様こそ、何も分かっていないっ!! 確かにこのまま強攻すればこの都市を陥落させる事は出来よう。だが、奴を討てるとは思えん。そして奴をここで逃せば――また、繰り返されるぞ? 巨人・骸骨・ミノタウロスの一族がどれ程の苦境に喘いでいると思う?」
「ぐっ……奴が我が軍にとって大きな脅威であることは分かる。分かるが……」
先程から、何処混じりの激論が交わされていた。
参加者は五名。
『真祖』吸血鬼の長である、ユノ。今回の攻略軍主将でもある。
『血斧』小鬼の長である、ボルガナ。小鬼族は数の上で主力である。
『闇牙』蛇人の長である、イラマト。第二陣地突破の先陣となる。
『蹂躙』人馬の長である、ケヒピピ。対騎兵用の切り札を率いる。
『導魔』百目の長である、ヘスアデ。後方にて、阻害魔法を担っている。
何れも開戦以来、数多の戦場で戦果を挙げ続け、人類からは恐怖されてきた歴戦の魔将達である。
辺境伯領の城壁を予定通り、自分達の一族を殆ど損なわず抜き、第二陣地への攻勢を検討する為に集まったのだが……この段階において意見は大きく対立した。
今回、彼等が魔王から与えられた命令は簡潔である。
『如何なる犠牲を払おうともあの城を抜き、人類共を蹂躙せよ』
それだけである。間違いようがない程に明瞭。
が……同時に彼等は、魔王が『対局者』と呼ぶ、人類側の『英雄』の存在を強く意識してもいた。
何しろ、その人間の手による悪辣な罠にはまり、三人もの魔将が多くの兵と共にこの地で討たれているのだ。用心にこしたことはない。
事実――攻略戦を開始してみれば、その男は想像以上に重大な脅威だった。
この地で魔将と一族の大多数を喪い、魔王軍内での地位を大きく落としている、巨人・ミノタウロス・歩く骸骨一族の敗残兵を先鋒――要は捨て石兼死兵――を用いた第一戦こそ勝利したものの、兵の多くと、数少ない生き残りであり指揮官でもあった異名持ち達は、戦死もしく重傷。戦線離脱を余儀なくされた。
そして、敵軍の大半は未だ健在。強固な陣地へ立て籠もっている。
ケヒピピが腕組みをしながら重々しく口を開いた
「敵軍の後退は敵ながら見事なものだった。我が精鋭であってもああは出来ぬ。まして、後退時では尚更だ」
「そしてあれを成功に導いたのは、奴だ。捨て置けぬ。多少、無理をしてでも討つ策を講じるべきだと考える」
イラマトがそれに応じて頷く。
それに対して、ボルガノが猛然と反対意見を述べる。
「確かに奴が脅威なのは認めよう。が、所詮は『個』に過ぎぬ。現に、ユノ、貴様と貴様の親衛であと少しまで追いつめたのだろう? 油断はすべきではないが、あくまでも都市攻略を優先すべきだっ! その間、必ず奴を討つ機会はくる!」
「で、強攻した挙句、兵を殺すと? 奴の恐ろしさは『指揮官』としてのそれだ。まして、『短剣』と共にあれば……我等にも甚大な被害が出るぞ?」
「……陛下はそれを望まれておられる。小鬼族は、一族の運命をあの方に託すと決めておるのだ。人馬と蛇人は違うというのか?」
「馬鹿な事をっ! 我が命は、陛下に捧げている」
「同じく。我等、蛇人は魔王軍全体からすれば少数。それをここまで引き上げてもらったのだ。恩義は必ずお返しする」
「ならば……!」
「――もういい」
黙って意見を聞いていたユノが口を開いた。
その美貌には苦衷が滲み出ている。
「諸君等の意見は分かった。どちらの意見にも理がある。その上で決定を下す。ボルガノ、先程の話だ。実際に剣を交わした上での意見として聞いてくれ。奴は……奴は人間ではない。私は、これまで数度に渡って人間共が『英雄』と呼んでいる戦士とも戦ったが、個の実力だけを考えれば奴の方が上だ」
「……それ程か」
「ああ。何しろ……私と直属の親衛隊を同時に相手にしながら、半数を打倒し、挙句、逃走に成功しているのだぞ? しかも、その前には巨人・骸骨兵・ミノタウロスの連合部隊を半壊させているのだ。そのような事を出来る者を……人間だと思えるか?」
「「「「!?」」」」
それぞれの表情が驚愕に歪む。
……あり得ない。そんな事が出来るとしたら
「断言しよう。奴は『戦神』だ。少なくともそれに類する者と私は認識している。よって――魔王陛下からお預かりした軍権の下に、以下の命令を発する。ボルガノ!」
「うむ」
「貴将は作戦通り、敵第二陣地攻略に全力を傾けてほしい」
「心得た!」
「イラマトと私は――迎撃してくるだろう、奴を討つ!」
「おお!!」
「……納得出来ぬ。何故、我を除け者にするのだ」
「ケヒピピには、ヘスアデ達の護衛を頼む。忘れるな、この都市には奴と、奴等が――あの恐るべき『短剣』共がいるのだ。奴等とて、戦力の大きな差は認識していよう。だが、同時にこう考えている筈だ。『統制戦闘さえ出来れば、持久戦は可能』だと」
「私達は大規模阻害魔法展開中。戦闘力は皆無。襲われれば……全滅」
「ぐっ……承知した」
ヘスアデの一言で、ケヒピピも承諾。
それぞれの顔には決意の色。
「よし……では行くとしよう。必ず、都市を陥落させ、奴を討つ!」
「うむ……!」
「おお……!」
「各自の勇戦を期待する……!」
「奮励努力!」
「「「「「魔王様の為に! そして我等の繁栄を守る為に!」」」」」
――彼等がこの時、下した決断は後世に多くの論議を生み出す事となる。
が、それは遠い未来の話。
戦火未だ止まず。辺境伯領の地は数多の生贄を欲していた。
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