外伝3:命の賭け時
外伝―7 命の賭け時①
「駄目だ、駄目だ、駄目だっ!!! そんな作戦、到底認めるられるかっ!」
「ヨハン、少し声が大きい。傷に響いて痛ぇ。それと……他に良案はあるのか? 今の状況を劇的に好転させる案が?」
「ぐっ……だが、貴様のそれも案とは言えんっ! 他に、他にまだ何か手がある筈だ!!」
「分かってるだろ? 現状見る限りない――すまん、これは俺の状況想定ミスだ。まさか、自分を囮に使って此処を奪りにくるとは思わなかった……魔王を甘く見過ぎていた、俺の失策だ」
「馬鹿な事を言うな。お前がいたからまだ我等は戦えている。このまま粘り強く戦っていれば、本軍が魔王を」
「そこまで持ち堪えられると思うか? まだ、奴等は本隊すら投入してないんだぞ?」
「持ち堪えねばならん。だが、それとて貴様と俺がいてこそ成し得る。それにだ――貴様は俺に、お前を……友を犠牲にして都市を守り抜いた男に、そして後世『英雄』だか『名将』だかと呼ばれる男になれ、とでも言う気か? ふざけるなっ! 貴様に責を押し付けて、何が『英雄』、何が『名将』かっ!! 我が名はヨハン・ダカリヤ――俺はそんな男になる為に、今日まで生きてきた訳ではないっ!!」
「ヨハン……」
衛生兵を連れて、急いで、だが他の者に気取られぬよう陣地へ戻った俺を待っていたのは、カイの旦那と御館様が言い争う姿だった。
周囲を配慮してなのだろう、流石に声は抑えているが、御館様がここまで激昂されている姿も、旦那が困り果てている姿も見た事はない。
茫然としている俺の横で、若い……いやまだ幼いと言っていい女性衛生兵が旦那の姿を見て、両手で悲鳴を押し殺している。すぐに、旦那へ駆け寄り治療を開始した。
「お、すまん。深手のとこは埋めてある。取りあえず足を優先してくれ。機動力を喪ったら終わりだからな」
「は、はいっ! け、けど、この傷じゃとても戦闘行為は……え、衛生兵としては、許可出来かねます」
「大丈夫だ。なに、まだ動ける。重傷者以外は戦わないといかん戦況だからな」
「で、ですがっ……!」
「真にありがとう。その言葉は大変有難く頂戴した――まぁ、責務ってやつがあるからなぁ。この状況を招いた一因に俺がいる以上は逃げれん。だけど、お嬢ちゃんが俺を想ってそう言ってくれた事は死ぬまで忘れない。なーに、何時もの事だ。なぁ、隊長?」
「は、はっ!」
泣きそうな顔の衛生兵に何時もの笑顔を見せ、旦那は軽口を叩く。
この人はこんな時でも……死なせるわけにはいかないっ。
――治療が一通り終わり、旦那が手と足を動かし確認している。
そして、立てかけてあったハルバードを手に取り、御館様へ向き直った。
「ヨハン」
「駄目だっ。許可出来ぬ」
「そうか――なら仕方ない。俺は行くよ。今、この瞬間から俺はダカリヤ軍を離脱する。なに、俺の立場はあくまでも客将扱い。命令違反上等だ。ま、生き残れたら、脱走兵として軍法会議でも何でも付き合ってやるよ……生き残れたらな」
「!?」
御館様が手を伸ばされるが、届かず旦那はふわりと浮かび上がった。
その視線はただただ前だけを見据えている。
まだ敵軍は見えない。
けれど――確実に迫りつつある筈だ。未だ無傷の敵本隊と五人の魔将が。
「さっきまでの戦闘で確信した。奴等の狙いは、この都市と――俺だ。ならば、出来る限り派手に暴れて奴等を、魔将と異名持ちを引き付けるだけ引き付けて逃げ回る。徹底的に粘るつもりだが……奴等も馬鹿じゃない。意図に必ず気が付く筈。その間に何とかしろよ? 魔法通信を妨害している敵後衛の位置はさっき伝えた通りだ。一応、本営宛にも使い魔を送ってあるから再度確認しろ。魔法通信による統制戦闘を取り戻せない限り……持久戦も糞もないんだからな。くくく、虎の子の衝撃魔法騎兵を率いたヨハン・ダカリヤ伯自らの大迂回敵本営襲撃、心躍るじゃないか! 出来れば俺も見たかったぜ」
「カイっ!!」
「ヨハン、さっきも言ったろ? 人は何時か死ぬ。それは俺だってお前だって、あのじゃじゃ馬娘だってそうだ。だからこそ、生きている間に何をしたかで、その価値は決まる筈だ。なら」
旦那が穏やかな笑みを浮かべた。
ああ、この人は、もう覚悟を決めている。
「命を賭ける時は――今。俺もお前も、な」
「っっ!」
「隊長、そういう訳だ。今まで大変世話になった。最期の最期まで面倒事を押し付けて悪いが……皆を頼む。女子供と若い兵を死なせるなよ? 死ぬ順は分かっているな? お前が死ぬのは最後の最後だ」
「はっ! ……旦那、御武運を」
「ありがとうよ。ああ、嬢ちゃん、世話になった。礼をしたいところだが」
「いりませんっ!」
「おぅ、そうか? だけどなぁ、これでも俺は育ちがいいんだ。何も礼をしないってのも」
「今はいりませんっ!! ……生きて、生きて、生きて帰って来て下さい。その時にいただきます。約束です」
強い口調で言い放つ衛生兵――こいつ、旦那にこんな事を言えるなんて肝が座ってやがるな。まだまだ、餓鬼だが、イイ女になるだろう。うちの息子の嫁に欲しい位だ。
笑い声が響いた。見れば旦那が楽しそうに笑っている。
「嬢ちゃん――名は?」
「マリアです」
「そうか、ならマリア。俺はこれでも今まで約束を破った事はないんだ――後で必ず礼はしよう、約束だ。ヨハン!」
「……分かった! ああ、分かったともっ!! カイ、もう止めぬ。だから、死ぬな。俺も死なん! 必ず生きて祝杯をあげるぞっ!!」
「おう! よし、それじゃ――始めるとしようか。命を賭けた大博打をっ!」
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