『平穏……何と、甘美な響きか……』

「マスター」

「んー? どうした? ゼナ」


 何も言わず、頭をこちらに近付けてきたので、優しく撫でてやる。くすぐったそうな笑い声。


「ふふ、カイ様、新しいお茶は如何ですか?」

「ありがとう。いただこうか」

「はい♪」


 ソフィヤが嬉しそうに新しいお茶を入れてくれる。

 美味い。素直に称賛。


「美味いよ。ソフィヤは本当にお茶を入れるのが上手いなぁ」

「ありがとうございます。その、カイ様」

「ん?」

「わ、私にもご褒美をいただけませんか? その、あの……」


 もじもじしている元シスター。今もゆったりとした服を好んでいるみたいだが、何せ美少女なので破壊力が凄い。

 クレアやアデルよりずっとスタイルもいいので尚更――おぅ、今、何か寒気が。いらん事を考えるのは止めよう。いや、君等も決して悪いわけじゃないよ。うん。ほら、まだ成長期だしな。


「カイ様、だ、駄目でしょうか……。そうですよね、はしたないですよね……私みたいな子が、そんな大それた事を望むなんて、どうかしていますよね……」

「ああ、違う、違う。ソフィヤは可愛いから、俺の方が恥ずかしくなっただけだ。おいで」

「は、はひっ!」


 空いている左手で、ソフィヤの頭をゆっくり撫でる。癖っ毛なゼナと違い、髪がサラサラだ。撫で心地がとてもとてもいい。

 ……これはずっと撫でていられるなぁ。だけど、そろそろ止めておこう。さっきから、ルルとセレナがこっちをちらちら見ているし。リタ、お前もか。

 二人の頭からそっと手を放す。すぐに「もう、終わり?」 という表情をしてくるが、ここは我慢。


「カイは相変わらずたらし過ぎる。自重すべき」

「そうですっ! ズルいですっ! 私も撫でてくださいっ!」

「がうっ!」

「セレナ……裏切るの!?」

「だって、だってなでなでしてほしいですから!」

「なっ! ……カイ」

「分かった、分かった。ルルもセレナも、変わらんなぁ」


 ソフィヤがちょっと不服そうに席へ座り、ルルとセレナと交代。

 なでなで。なでなで。 

 効果は抜群だ! 二人はふにゃふにゃになっている。

 ソフィヤがじっとこっちを見ていたので、片目を瞑ってやると、顔を赤らめ、こくりと頷いた。ゼナは最近の定位置、俺の膝に座って素直にお茶を飲んでいる。うん、二人とも聞き訳が良くて助かる。

 それにしても……ここ、最近でこれ程、平穏な時間を過ごせたことがあったろうか? いや、ない! 王宮の中庭を通り抜ける風も爽やかに感じられる。

 何せ、各国のお偉いさんと立て続けに会ったり、クレア達からお説教を受けたり、説得(※物理的に。酷い)されたり、五重にかけておいた鍵(※魔法のですことよ)を突破されて某人物に夜這いをかけられたり……まぁ色々大変なのだ。いや、本当に。

 

 平穏……何と、甘美な響きか……。ずっと、こんな風に過ごしたいものだ。

  

 クレア、アデルは基本的に頭がいい。こちらが聞いた事を理解して、十を教えてくれるから、話してて、とても楽だ。どちらかが、防衛戦の際にいてくれたら、俺とヨハンの苦労は、相当軽減されたろう。

 が……どっちかと言うと、理詰め後、最短ルートで物事を進めようとし過ぎる傾向にあるのはなぁ。しかも、今回は最短を更に最短にしようとしてるし。ちょっと怖いです……。

 アリスはとにかく一途だ。むしろ、幼い頃の刷り込みなんじゃないか? あれは。俺よりいい男は世の中に腐る程いるというのに……。

 当代の勇者様はきちんと常識を持っている。考えもしっかりしているし、一々反応も可愛らしい。けれど……時折、肉食獣の目で俺を見ている気がする。あ、それはクレアとアデルも一緒か。ベッドのサイズを決定した時も、強硬に主張したのはこの御三方だったし。君等、普段はそういう事に全然興味がありません、を装ってるじゃないか……。

 オルガはとても真面目。だけど、あそこまでこちらを持ち上げる必要はないんじゃなかろうか? 狙撃の腕はもう俺を超えているわけだし。まぁ、相変わらず初心なのでからかうと楽しくはある。……本気で取られていたらどうしよう。

 

 この四人に比べて、目の前にいる四人はまだ大人しい方だと思う。


 ゼナは甘えたさんだ。まだまだ幼さが抜けていないから安心。ただ、隙あればこちらの膝上に来るのはそろそろ止めようか。他の七人まで乗ろうとするから。

 セレナも、どっちかというとゼナ寄り。まぁ、何せ美少女だから時折、ドキッとするけれど、それでもまぁ、ずっと撫でていられる。

 ルルは黙っていれば、恐ろしい位に美しい。が……何せ、かつては一緒に旅をしていたからどっちかと言うと戦友の色が濃い。気安い仲なのだ。

 ソフィヤは見た通り。優しく、清らか。良いお嬢さんに育ったものだと思う。あの馬車で会った時はずっとべそをかいていたもんだけど、大したものだ。おそらく、八人の中で最も成長したのはこの子だろう。……暴走しがちなのは、クレア、アデルと少し近いのでそこは直してほしいけれど。

 

 まぁ取りあえず、今日位はこのまま過ぎてくれれば――特大の寒気。


 思わず、椅子から立ち上が――れない!? 

 見れば、ゼナが風精霊を集め、こちらを拘束。

 ソフィヤも光魔法の魔法陣を足元に展開。

 ルルは物理的にこちらの右手首を掴んでいる。

 セレナ……頼むから背中のリタをどかしてくれるかい?


「マスター、逃げちゃ駄目ー」

「カイ様、お座りください」

「大人しくしている」

「あの、あの、みんなもう少しで帰って来ます! ダカリヤ伯から、防衛戦のお話を聞いて」

「がぅ!」


 防衛戦の話とな……平穏とはいったい何なのだろうか。

 い、いや、あのヨハンが俺を売る筈が――戦場でも感じたことがない、怒気を纏った四人が歩いて来る。表情には笑み。とても怖いです。そして理解。



 ――あ、バレてら。これは死んだかもしれん。

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