『友よ……すまん。俺も命が惜しいのだっ』下
「俺が知っている事は以上だ。言っておくが、これとて真実からはかなり遠いだろう。無論、報告書の編纂中、何度も執拗に問い詰めたがはぐらすばかりでな。あの戦場で何があったかを全て知っているのは、あいつだけだ。それに……クレア、お前も知っての通り」
「ええ。自分の功績に無頓着ですからね。おそらく、報告書の前半部分において、異名持ちを倒した、と記載されているのは、兵達の誰かが本人から聞いたからなのでは?」
「うむ。それとて、かなりもめたのだぞ? 『そいつは削除しろ。妙な勘繰りをされかねん。百歩譲って部隊戦果にしとけ。そっちの方が後世には有意義だ』とな」
「……はぁ? 何それ? どういう意味よ?」
アデルが恐ろしく不機嫌そうな様子で口を挟んできました。
話の途中から、ずっとこんな感じが続いています。彼女とてここで声を荒げるは無意味だと分かっているのでしょう。辛うじて、理性は保てているようです。
複数の魔法を同時に構築しては消し、また構築し、それをまた消し、を先程から延々と繰り返していますが、そこを突っ込んだら負けです。
隣のアリスも笑顔ですが、目は全く笑っていません。オルガも険しい顔。
……多分、私も似たような顔なのでしょう。手をきつく握りしめていなければ、叫んでしまいそうです。
胸の中にあるのは怒りではなく――彼を喪っていたかもしれない恐怖。
「アデル嬢、これから話す内容はあくまでもあいつの言い分として聞いていただきたい。そして、俺達全員が反対したことも先に述べておく」
「……ええ、分かったわ」
「曰く『傑出した個の存在を強調し過ぎるのは危険だ。英雄なんてもんを希求する世界は何があろうと絶対に間違っている。路を最初に切り開くのは一人かもしれないが、それを本物にしていくには、一人の力だけじゃ足りないんだ。俺の名誉? 功績? 捨てておけ。将兵一同唯々奮戦。それで十分だろう』と。だが、俺を含め、将兵一同の想いはそうではなかったのだ」
「――カイ様はどうして、そこまでして」
「先生は何故」
「…………気にくわないわね」
アデルの目が魔力に反応して紅く染まっています。
我慢も限界なのでしょう。
この子、カイの事に関しては案外と許容量がありません。今までよくもったほうです。
ただ、魔法を発動されるのは困ります。それを向けるべき相手は別な筈。
「心底、気にくわないわっ!! どっからどう考えてみても、今回の戦争で最も勝利に貢献したのは……あの馬鹿じゃないっ!! 私達が魔王を討てたのだって、あいつの策で魔王軍が戦力分散をしたからにしか見えないわ。それなのに……当の本人の名前は公式文書の何処にも残らないで、讃えられる事もない? ふざけんのもっ――」
「アデル嬢、憤る気持ちは痛い程分かる。分かるが……それを公にすれば、あいつは君達の下を去るだろう。それも永遠に。あいつはそういう男だ」
「「「「!?」」」」
「君達の技量を私は知らない。それでも愚妹の技量から推察し朧気には掴んでいるつもりだ。そこから考えても……カイは、個の実力だけならば傑出した存在だ。単独戦闘であいつに勝る者はいない、と断言出来る。あいつが本気で去ろうと決意した時、止められる者は誰もいないのだよ」
「そ、そんなの信じられる筈ないでしょ? 確かに私一人じゃ厳しいかもしれないわ。けど、私達全員なら、止める位は――」
「では問うが……あいつが経験しただろう戦場から、アデル嬢、貴女は生きて帰って来る自信がおありか? ああ、無論、八英雄全員で挑んだ場合にだ」
「…………」
「アリス嬢?」
「――っ」
「オルガ嬢?」
「……ダカリヤ伯、愚問だ。全員が戦死するとは思わん。作戦目的を達せられる自信もある。だが」
「最悪、全員戦死するでしょうね。生き残るのは良くて半数」
「そういう事だ」
兄さんが嘆息。無念の表情をされています。
当然でしょう。
恩義を返したい。けれど、当の本人はそれを断固拒否。
無理矢理、渡せば逃げてしまう。そして、誰も捕まえられない。
今の状況が奇跡的な事を再認識します。
「――ダカリヤ伯」
「何でしょう?」
「――カイ様がそういう御方なのは理解しました。では、どうして今は此処に留まっておいでなのでしょう? 私達と一緒にいれば、どうしても注目されます。現に、一部の者は既に騒ぎを起こしていますし」
「そうだな。先生が、英雄という存在をそれ程までに忌避されるならば……私達から離れていかれると思うのだが。無論、何があろうとも離れるつもりはないが」
「へぇ、オルガ……普段は『あくまでも先生は先生なのだっ』とか言ってるのに、ねぇ?」
「う……そ、そういうアデルはどうなのだ?」
「へっ!? そ、そんなの……うぅ~ば、馬鹿ぁぁ!」
オルガとアデルが顔を赤らめ、じゃれ合います。今までの重苦しい雰囲気が霧散。少しほっとしました。
兄さんもそれを見て苦笑。ただ、アリスの目は真剣です。
「――ダカリヤ伯」
「ああ、申し訳ない。逆にお聞きしますが、気付かれていないのですか?」
「――それはどういう意味でしょうか?」
「アリス嬢、自信を持たれて下さい。貴女を含めて、八英雄の皆様――うちの愚妹は除きますが――は本当にお綺麗であられる。そんな方々に迫られて、心が動かない程、あいつは男を止めていませんよ? カイが此処にいる理由は、単に貴女方を好ましく思っているからでしょう。我が愚妹との約束云々は、まぁ理由が必要、ということかと」
「――本当ですかっ!? カ、カイ様は、その、わ、私のことも、あの、その」
「えへ、えへへ♪」
「せ、せ、先生が、わ、私のことも、き、綺麗だと」
アリスが勢いよく立ち上がり、そして体をくねらせます。彼女のこんな姿、みたことがありません。残りの二人も顔を赤らめています。
ところで……兄さん。貴方は今、何と言いましたか?
これでも私、言うまいと思っていたんですよ?
何しろ、きちんと色々話してくれましたし。なので、約束は守ろうと。
……ですが、私の寛容さにも限度があります。
満面の笑みを浮かべ、死刑を宣告しましょう。
「兄さん」
「な、何だ。気持ち悪い顔をして」
「私を除け者にするなんて、いい度胸です――聞いた内容ですが、兄さんの活躍は抜粋して義姉様に送っておきますので。さぞ、お喜びになられるでしょうね?」
「!!!?」
「とっっても、楽しみです」
「ク、ク、ク、クレアっ! そ、それは、それだけは、いかんっ。本気で殺」
「あら? もうこんな時間。あの馬鹿を尋問しないといけませんので、私達はこれで。ありがとうございました」
兄さんの悲鳴を無視し、私達は部屋を後にしました。
……自分の妹の恋路を邪魔する兄なんて、義姉様に虐められて然るべきですっ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます