幕間
『友よ……すまん。俺も命が惜しいのだっ』上
「……それで、何故、俺は拘束されているのだ?」
「拘束とは人聞きが悪いですね。私達は、ただ兄さんに聞きたいことがあるだけです。すぐ答えてくれれば、そんなにお時間は取らせません」
「――ダカリヤ伯、申し訳ありません。ですが、これは必要な事なのです」
「うむ。我等は知る必要があるからな」
「そうね。私達はあの場にいなかった訳だし」
目の前で優雅に紅茶を飲みつつ笑みを浮かべているのは、八英雄であり我が妹でもある『聖騎士』クレア。『勇者』アリス。『射手』オルガ。『大魔導士』アデル。
突然、やってきたかと思えば、いったい何の用なのだ?
……しかもこの圧迫感、妙だ。特段、話すべきこともないと思うが。
先日、逃亡を試みあえなく(後から聞けば、自業自得だ。らしいと言えばらしいが)捕縛された我が悪友。それ以降、八英雄は奴に引っ付いている筈。にも関らず、四人がここに来るということは……ばれたか?
椅子を引き、咄嗟に逃走を図る。な、何だ? か、身体が動かんっ。
「ああ、無駄よ。悪いけど、話すまでは動けないと思って」
「兄さん、私達から逃げれるとは思わないでください。そしてその反応。やはり……秘密にされていることがあるようですね?」
くっ……さ、流石は『大魔導士』ということか……。
この俺が、こうも簡単に魔法で拘束されようとは。
諦め椅子に深く腰掛け、落ち着く為に紅茶を口に含む。
これから聞かれる内容については見当がついている。言い方を間違えれば、俺にも被害が降りかかろう。
「……それで、何が聞きたいのだ? お前がダカリヤを離れて以降に起きた事は、手紙で書いて送っている筈だ。漏れはない。あれが全てだ」
「ええ、それは感謝しています。ありがとうございました。……まぁ、あの馬鹿は返事をほとんどくれませんでしたけど」
「――クレア、今は」
「ごめんなさい。兄さん、まずはこれを見ていただけますが」
「それは」
手渡されたのは分厚い紙の束。何枚か小さな紙が挟まれているようだ。
見覚えがある。
何しろ、俺とカイとが中心になってまとめたのだから。
……マズい。この流れはマズいぞ。
「魔王との『決戦』。その裏で起こっていた第四次ダカリヤ攻防戦の報告書です。兄さんとあいつがまとめられたと聞いています。当然、内容は把握されていますね?」
「……ああ、間違いない。だが、今更聞かれてもそれ以上に答えられる事はないぞ。あいつの性格はお前も知っているだろう? 普段はあんな奴だが、戦場でのカイは全くの別人だ。当然、貴重な戦訓を得られる分析作業にも手抜きはない」
「ええ、分かっています。本当に同一人物か疑う位ですからね」
「そうなのか? 先生がそこまで変わられるのは想像つかないのだが。普段から、ぶっきらぼうだが暖かい方だろう?」
「――カイ様はお優しいお方です」
「私も想像出来ないわね。何時も、あの憎たらしい笑顔を浮かべてる印象しかないんだけど」
「私は知っています。確かに変わりますよ」
そうか、クレア以外の英雄達は見た事がないのだな、戦場でのあいつを。
取りあえず、我が妹よ……露骨に誇らしげな顔をして挑発をするな。他の三人が奥歯を噛みしめているぞ?
……お前とて、あの戦場でのカイを、鬼神をも逃げ出すだろう『本気』のあいつを知らぬのだからな。
「そ、それで、何を聞きたいんだ? 俺が知っている内容ならば答えよう。ただし、こちらも激戦に次ぐ激戦だったのだ。報告書には分かった限りを記載したが、不明な点もある」
「分かっています」
「私達が聞きたいのは何か所かあるけれど、まずはこの部分よ」
アデルが報告書を開く。
そこに記載されていたのは
「攻防戦開始後、第二陣地へ後退しているけれど、これはどうしてかしら? 報告書には色々書かれているけれど、結局これって『敵の攻勢激しく』って意味よね? それまで、これだけ詳細に敵軍と情勢について分析をしているのに」
「あの攻勢を受けては、そうとしか書けまい。今だから言うが、絶望的な戦況だったのだ。状況も混乱していた」
「――分かっています。貴方方が敵軍を引き付けていただいたからこそ、私達は魔王に届いた。ですが」
「それ程の状況下でありながら、貴軍の損害が驚くほど少ない。普通、後退戦時に最も損害が出る筈だろう?」
「我が軍は、精鋭揃い。兵が奮戦した。それ以外に理由が必要だろうか?」
「必要ですね。確かにうちの兵達が精鋭揃いのは分かります。分かりますが……度が過ぎています。兄さん」
「……何だ?」
「あの戦場で、城壁が破られた際、カイは何処で何をしていたんですか?」
やはり、そこか。
だから、報告書をまとめる際にも言ったのだっ!
絶対にバレる、と。後々の事を考えれば素直に真実を書いた方が被害は減じる、と……。
まぁ、何時もの如く『そうしたら、俺が活躍したみたいじゃないか? 多少は貢献したが、大半は兵達が頑張ったに過ぎん。第一、自分で自分の手柄を公式文書に記載するなんて……俺にだって羞恥心はあるんだぞ?』と訳の分からんことを言っていたが。
結局、こちらの活躍も控え目に書かせることで妥協した経緯もある。ここは、嘘を貫き通す!
「……前線指揮官だ。撤退戦を指揮していた。だが、それ程、危険な目にあってはいない。本当だ」
「へぇ……」
「の割には、この時点で、異名持ちの魔物を倒してる猛者がいるみたいなんだけど? 巨人に、骸骨兵……どちらも強敵ね」
「――ダカリヤ伯。カイ様から頼まれての事なのは分かっていますが、どうか真実を教えていただけませんか?」
「アリス嬢、真実と言われても、その報告書には私のサインが記載されている筈。つまり、それがそういう事です」
「仕方ないわね。オルガ?」
「知らないかもしれないが……貴軍には私の遠縁にあたる者も義勇兵で参加していたのだよ。無事、生還し、先日再会した」
「!?」
し、しまった……!
た、確かに何人かエルフ族もいたが……よもやそんな偶然が……。い、いや、しかし、俺とカイとで、あれ程強く戒めたのだ。
ここであった事は秘密だと。お願いだから、口外してくれるな、と。
成功したから良かったものの、あれは作戦なんて御大層なものでは決してないのだ。むしろ……バレたら非常にまずい類。
だがしかし、あの戦場を共にした戦友ならば、幾ら八英雄相手であっても早々漏らす筈が。
「兄さん」
「な、何だ?」
「ネタは上がっています。……色々、話すなら今ですよ? 」
カイよ……我が友よ……すまん。俺も命が惜しいのだっ!
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