外伝―6 第四次ダカリヤ攻防戦 下
「御館様、第二陣地への部隊撤退、完了致しました。損耗率は約二割。重傷で戦闘不能な者は除いています。今のところ、敵軍の浸透は確認されておらず、尖兵として接触した少数の
「カイは?」
「それが……未だ、戻られていません。最後の目撃情報では、ミノタウロスと交戦されていたようですが」
「そうか、分かった」
あの、馬鹿がっ!
机に拳を叩きつけそうになるのを、凄まじい自制心で何とか止める。
大方、自力で撤退不能になった部隊を救う為に無理をしたのだろう。当然、罠だと理解しながらだ。
敵の先鋒は、巨人・ミノタウロス・骸骨兵。皆、今まで討ち取ってきた魔将配下の部隊。生き残りである異名持ちの目撃情報もある。しかも、
間違いない。奴等は、本気でこことカイを狙っている。
そして、最高指揮官である以上、最悪の事態も考えて行動する必要がある。
「決めたぞ」
「はっ!」
「本営を第二陣地まで押し出す。カイが未帰還になる可能性もある。その場合、最前線で全般指揮を執れる者がいない。出来るのは我等だけだ」
「で、ですが、御館様のお命を危険に曝すことになります。カイ殿が強く戒められた行為です。第三陣地まで前線部隊に任せるべきですっ!」
「それでは手遅れだ。カイが喪われれば、部隊が健在でも最前線の士気を保てぬ。クレアがいればまた別かもしれんが、今いるのは我等だけだ。ならば、今まであいつがしてきた悪戦を引き受けるしかない」
「っ……了解、致しました。ですが、防戦不能になった場合には」
「分かっているっ。俺が死ぬのは、全てを見届けた後だ。たとえ、生き恥を曝そうとも、兵と領民を見捨てたりはせん。あいつとの約束でもあるからな。いくぞ」
「はっ!」
ふんっ! どうせ、移動した頃にはひょっこり現れて文句を言うのだろう。
『ヨハン、焦るな。焦りは判断を鈍らす。そして兵を殺すんだぞ?』
分かっているさ。
だが、やはり俺には無理だ。
友と兵を死地に送り込んでおきながら本営で作戦図と睨めっこしてるなど。
それならば、共に戦おう。小言は後で幾らでも聞くさ。
なに、自己保身も兼ねている。
お前を見捨てた上で戦に勝った、など我が妹にどう報告するのだ? どっち道、苛烈かつ過酷な選択。
ヨハン・ダカリヤ辺境伯として好きにさせてもらう。
お前をこんな所で死なせはしないっ!
※※※
「静かだな」
「はい」
「状況は?」
「負傷者の手当ては終わりました。戦闘不能な者だけ後方へ。隊長のお怪我は」
「大丈夫だ。舐めときゃ治る。……本営が押し出してくるそうだ」
「! そ、それはつまり」
「……言うな。士気に関わる。が、次の攻勢時にはカイの旦那抜きかもしれない。下士官連中にはそれとなく伝えておいてくれ」
「了解しました」
軍曹が傍を離れていく。
彼を含め、部隊の根幹はほぼ無傷。他の部隊もそうだ。まだまだ、戦える。
だが、その代償は大き過ぎた。
撤退戦を支援してくれた、カイは未だに第二陣地へ姿を現していない。
最後の部隊が後退を完了し、直後に浸透していた
普通に考えれば、彼はもう……。
頭を振る。あの人は何時も、どんな戦場であっても、戦果を挙げ生きて帰ってきた。時に死神の鎌すら叩きおり、時にその鎌を使って敵将を討ってきたのだ。
そんな人がこうもあっさりと死ぬ筈がないっ!
背中に気配。ほらな?
「黄昏てるなぁ。どうした? 手傷でも負ったか?」
「……いえ。単に思い出しただけです。貴方を心配するだけ無駄ってことを忘れていました」
「酷っ。これでも、中々大変だったんだぞ? 異名持ちに絡まれるわ、魔将まで出てきやがるし、死ぬかと思ったわ」
「無理無茶をし過ぎ、で、す……?」
振り返る。そこにいたのは左手にハルバードを持っているカイ。
が、武具も何もかも全身血塗れだ。返り血か? いや、違う。右腕を先程から一切動かしていない。左足も酷い火傷。明らかに深手。
悲鳴をあげるのを堪え、言葉にする。
「旦那、物事には程度問題ってもんがあります。早く、早く、手当をっ」
「……駄目だ。いきなり行くと皆が騒ぐ。ここで少し休んでるから、水と衛生兵を。大丈夫だ。深手はほとんど塞いである。すぐに死にはしない。俺はこれでも回復魔法も得意なんだ」
「はっ!」
「ああ、あと。どうせ、ヨハンの馬鹿が本営を前進させてるだろ? あいつだけを連れてきてくれ。現況について話を詰めたい」
「分かりました。分かりましたからっ、もう、話さないで下さい。すぐに戻ります。ですから、動かないで下さい」
「少し休まないと流石に動けんよ。とっとと治療してくれないとお迎えが来そうだ」
こんな時までこの人はっ!
気は急くが走れない。走れば目立つ。けれど急がねば。
あの出血量だ。幾ら傷を塞いでも早く手当が必要。
それにしても、いったいどれ程の激戦を潜り抜ければああなる……。
あの人と御館様が健在である限り、俺達は戦える。
が、どちらかが欠けても駄目なのだ。
つまり、この戦の鍵を握っているのは、俺と今から連れていかれる不運な衛生兵って訳か。
……何の皮肉だ、こいつは?
※※※
隊長が慌てて去っていたのを確認し、壁に背をつける。
懐から煙草を取り出し、火をつけ、深く吸う。
クレアからは禁止にされているのだが、まぁ良いだろう。今日は中々頑張ったのだから。
巨人、骸骨兵、ミノタウロスの異名持ちを含む三部隊と交戦し、巨人と骸骨兵は異名持ちも何とか討ち取った。ミノタウロスは片腕を飛ばすのが限界だったが。
その直後には襲い掛かってきた吸血鬼と連続交戦。
数こそ少ないが、全員が魔法剣士かつ、圧倒的な回復力。しかも、途中から魔将まで加わってきやがって……普通は死ぬぞ。辛うじて、自爆に見せかけて退避したものの、何か策を講じる必要がある。
召喚した小鳥達が集めてきた情報だと、まだ戦場に投入されていない部隊も多数。最後方にいる部隊が、おそらく魔法通信を妨害している。
今までから推察するに俺個人を狙ってきているようだ。突くならばそこだろう。 問題はこの案を実行した場合、ほぼ死ぬ事だが。しかし、彼我の戦力差は想定以上に大きい。魔王を甘く見過ぎた。
兵と領民を救う為には贖罪の犠牲が必要になる。そして、それはこの状況を誘導した人間しか出来ない。
なるほど、こいつは――
「本気で命を賭ける必要があるな。あとは、この案をどうやってあの甘ちゃんに納得さすか、か」
「……誰が甘ちゃんだ、誰が。言っておくが、貴様の無理無茶は全て後日、クレアへ報告する事になっているからな? 死ぬならば、その折檻を受けた後で死ねっ! それまで、死ぬことは許さん。絶対に許さんからなっ!!」
俺は良い友を持った。
だからこそ、俺より先にお前を死なすわけにもいかんだろ?
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