外伝―5 第四次ダカリヤ攻防戦 中

「城壁が破られ、既に第二陣地へ後退中、だと?」

「はっ! 前線総指揮官殿から、御館様へのご伝言です。『敵の第一陣はそのことごとくが死兵。城壁死守は、損耗激しく不可。第二陣地にて火力密度を上げる他無し。なお我、部隊を適宜支援せん』」

「……了解した。休息した後、再び伝令を務めてくれ」


 カイから送られてきた伝令を下がらせ、戦況図を確認する。

 ……魔法通信を行えない事がこれ程までに状況把握を困難にさせようとは。

 事前に分かっていたことではあるが、今までこちらの十八番であった局地的な戦力集中を封じられた挙句、数は圧倒的。しかも死兵だと?

 奥歯を強く強く噛みしめる――このままでは。


「御館様、予備隊の準備は完了しています。ここでカイ殿を喪えば……」

「駄目だ。本部に残してある騎士団は最後の切り札だ。この局面で投入は出来ない」

「ですが……!」

「前線部隊の奮戦を期待する他はない――それに伝令が来るという事は、まだあいつは健在で戦況を把握している。ならば……戦いはこれからだ」


 自分に半ば言い聞かせるように、参謀へ告げる。

 戦況は早くも絶望的になりつつある。

 敵先鋒には、かなりの打撃を与えたようだが……カイからの報告では、どうやら全てが捨て駒だ。

 しかも、あいつの消耗だけを主として狙っているような嫌な感触……遂にその存在に気付いたか。だが、いったい誰がそんな命令を……。

 刹那――脳裏に浮かんだのある可能性。まさか……それが狙いだと?


「伝令!」

「はっ!」

「御館様? 如何されたのですか?」

「……これは軍そのものを利用した罠だ」

「罠?」

「ああ……来るぞ、魔将共が。カイ一人を狙って!」



※※※



 城壁を破られてもなお、各部隊は勇戦していた。

 敵軍を少しずつ削り取りながら、整然と第二陣地へと後退してみせたのは彼等の練度が恐ろしく高い事の証左であり、ある種の奇跡。戦場での撤退、後退戦は極めて困難だからだ。

 カイの決断の早さも奏功し、約八割が無事第二陣地へと辿り着いたのは、後世において『後退戦の模範』とすら讃えられるものだった。

 

 ――が、何事にも例外は存在する。


 最善の選択を積み上げ、カイが撤退戦の援護を全力で行ってもなお、敵の数は多過ぎた。

 八割が撤退成功――つまり、残りの二割は敵軍中において孤立。

 その兵達は、各自奮戦の後、待っているのは死。魔王軍は捕虜を取らないからだ。


「――畜生、囲まれたか。第二陣地まではどれ位だ?」

「まだ、一地区はあります。どうやら……ここまでですか」

「……軍曹、頼みがある」

「お断りします」

「いいや、聞いてもらうぞ。女、子供と一個中隊を率いて後退しろ。その時間は稼ぐ」

「お言葉ですが……そりゃねぇでしょう!? 死ぬなら、歳を喰ってる順にすべきです。隊長が死ぬのは最後で願います」

「ありがとう――が、これは俺の役割だろう」

「敵軍、来ますっ! 主力はミノタウロスの斧兵!!」

「時間がない……行けっ!」

「――そうだな、お前も行け」


 飄々とした声が上から聞こえた

 同時に、敵の軍列が炎魔法で吹き飛ばされ、大炎上。

 上空から降りてきたのは――


「旦那っ!」

「早く行けっ! ここから先はまだ入り込まれていない。俺も後から必ず追いかける――言っとくが、今のは遺言じゃないからな? 軍曹、この馬鹿と若い兵を死なせるなよ」

「了解であります」

「ならば良し――では、少し時間を稼ぐ」


 炎上している兵を踏み越え、敵軍が前進して来る。

 カイが手を振ると、周囲の建物が次々を切り刻まれ障害物と化し、遅滞。

 再度、炎魔法が地面を走り――敵の防御魔法で減殺されながらも再度、爆炎を上げる。


「後で会おう」

「はっ!」


 部隊を後退させながらも、誰しもが後ろを振り返る。

 既に、幾体かに障害物を突破されたようで、後方からは剣戟の音が鳴り響く。

 ……追いかける、と言った。確かに聞いた。ならばそれを信じる他なし。

 だが、たとえカイであっても、此処は既に死地。

 しかも城壁が破られて以降、前線を飛び回って、指揮と後退を援護し続けている筈。あの伝令の数がそれを証明している。

 圧倒的な個の武勇を持っていても、彼は人間――何れ限界がくる。

 そして彼の――英雄の死は『敗北』を強く想起させてしまう。

 やはり、死なせる訳にはっ!


「……隊長、駄目です。ここで引き返したら、旦那は無駄働きになっちまう」

「分かっているっ! だが、幾ら何でも」

「信じる他ありません――我等が英雄殿の力を」



※※※



 障害物を乗り越え突進してくる十数体の斧兵。

 ……相変わらず、とんでもない圧力。どうせなら、総予備として魔王の本拠地で寝ていればいいものを、厄介な。

 魔法で迎撃――は恐ろしく濃密になりつつある阻害魔法で中止。

 『剣』の展開は、長期戦である以上、困難。あれは消耗が激し過ぎる。

 と、なると何時も通りか……。

 弦を高速展開して、最前線を走る敵兵数体を斬り飛ばす。

 が――浅い。防御魔法まで潤沢にかけられている。死兵ながらも手厚い援護だ。 攻撃力不足か。ならば……その斧を貰おう。

 敵兵の片腕を弦で切断、絶叫があがる中――空中で斧を奪い取り、そのまま落下。敵兵の頭へ振り下ろし強制的に絶叫を止める。

 敵兵に迷いの色――四方へ斧による斬撃と風の精霊魔法を同時展開、敵兵を両断。血の雨が降る中を残余の敵兵が襲い掛かってくるが、それは回避。

 阻害魔法に引っかかりがたい、基本魔法を速射。追撃を妨害。

 

 ……さて、そろそろ退くか。まだ孤立している数部隊を援護しないと。


 魔力消費が激しいから出来れば避けたかった召喚術――十数羽の小鳥を用いた上空偵察もそろそろ限界だ。これ以上は俺が死ぬ。全体の状況は掴めなかったが……ないよりは遥かにマシ。

 その時だった――依然として炎上中である敵兵の死体と、障害物を粉砕し、轟音と共に現れたのは巨人の重装兵。しかも、こいつは……


「ミツゲダ。アルジノガダキ。キョウゴソ」

「まだ、隊長級が生き残ってたのか……面倒―-っ!」


 咄嗟に弦で防御――激しい火花。手斧と巨大な骨の矢が弾かれ、建物へと突き刺さる。

 巨人の陰から出てきたのは、顔面に傷を持ち、ハルバートを持つ明らかに歴戦のミノタウロスと、他の骨兵とは倍近くも異なり、長槍の骨兵。


「貴様さえ……貴様さえいなければ……」

「死死死死」

「…………こいつは、中々キツイな」


 思わず呻き声が漏れる。

 当然の事ながら前進しつつある敵軍も健在。

 つまり……重厚な魔法援護と数の暴力、そこに魔将級ではないものの、明らかに『異名持ち』の魔物が三体。放置すれば、後退中の部隊が蹂躙されかねない。まともに相対して生き残るのは難しいだろう。

 

 だが……ここで倒れる訳にはいかない。

 

 早く片付けて、部隊の後退を援護しなければより多くの兵が死ぬ――そして、その命令を出したのは自分自身。

 ならば――阻害魔法を強引に断ち切り、複数の攻撃魔法を高速展開。弦にも精霊魔法を込めて切れ味を倍加。



「これは果たすべき責務ってやつか――まったく! 俺は怠けて暮らしたいってのに……あいつが今の働きぶりを見たら泣いて喜ぶか? まぁこれで死んだら……本気で殺されるだろうがなっ!!」

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