外伝2:第四次ダカリヤ攻防戦

外伝―4 第四次ダカリヤ攻防戦 上

「――来やがる」

「来るぞっ!」

「盾を構えろっ! 防御結界魔法準備っ! 攻撃魔法展開急げ! 弓隊、射撃は合図があるまで待てよ? あの人が派手に合図をくれるだろうからなっ!」


 城壁の上でダガリヤ軍兵士達の動きが慌ただしくなっていく。

 前方にいる魔王軍――その数、約20万。

 それだけの軍勢が少しずつ迫ってくるのは、歴戦の辺境伯領将兵ですら恐ろしい光景だ。

 だが、逃げ出す者はいない。いる筈もない。

 彼等は、この戦争が始まって以来、苦戦、悪戦、死戦を繰り返しながらも、死神を返り討ちにし、生き残り戦い続けて来た者たちばかり。

 それに――後方には守るべき街並みと、家族がいる。

 退く事など許されていないのだ。


 その時、凄まじい地響きが伝わってきた。


 敵の軍勢が割れ、後方から金属の塊が――否、重鎧を身に着け、大盾を構えた巨人達の一団が前進してくる。

 目測で人間よりも十倍は大きい


「馬鹿なっ! 巨人の重装兵だと!? あいつ等の残存部隊は親衛軍にいる筈じゃなかったのかよっ!」

「鎧を着てない巨人ですら手強かったのに……糞がっ!」

「――静まれ。鎧を着てようが着てまいが、やる事は一緒だ。射程距離に達したら、魔法による集中射撃で一体ずつ撃破すればいい!」


 兵士達の動揺を隊長が沈静化。

 が――そんな事は魔王軍とて分かっている。

 こちらの射程ギリギリで行軍が停止。

 巨人兵達が密集し、大盾による壁を形成する。


「……何だ?」

「分からねぇが、嫌な予感しかしねぇな」

「敵軍後方から巨大な魔力反応――巨人の魔法兵がいやがるっ! あいつ等は確実に全滅させた筈なのに、どうしてっ!?」


 兵士の一人が叫び声をあげる。

 同時に――後方にある塔から眩い光が走った。

 直後に凄まじい衝撃と、突風。そして――大盾に着弾、炸裂した。

 轟音を立てて、盾どころか、鎧まで貫通された巨人が倒れていく。

 塔からは次弾が放たれ更にもう一人打ち倒す。

 敵軍は明らかに動揺。

 当たり前だ。本来、巨人とはこうも簡単に倒せる相手ではない。

 凄まじいまでの力と打たれ強さ、魔力による自己治癒能力まで兼ね備えた難敵なのだ。

 その相手を魔銃による長距離狙撃、しかも一弾で打ち倒す――こんな事が出来るのは、精兵揃いの辺境伯領軍においても一人しかいない。


「カイの旦那がおっぱじめたぞっ! 戦列に大穴が開いた今が好機だ! 魔法兵射撃開始!! 多少遠いが奴等を吹き飛ばしてしまえっ!!」


 一瞬、信じられない光景を見て呆けていた兵士達へ隊長が命令を下す。

 それを受けた兵士達も次々と魔法を発動――巨人達や、その陰に隠れていた骸骨兵を吹き飛ばしてゆく。

 その後方で相変わらず魔銃による狙撃音が響き渡る。


 ――優位。この時、兵士達の心にあったのはそれだったろう。


 何しろ、自分達は未だに一人も失っていない。対して敵軍は先鋒を務めている巨人重装兵と精鋭揃いである筈の兵士達を次々を失っているのだ。

 だが、血は人の判断を時として曇らせる――戦場においては錯誤が多い者は死ぬしかない。

 

 狙撃音が唐突に止んだ。

 

 前方の巨人兵達は既に半壊。骸骨兵もその破片が散乱している。

 何時の間にか、魔力反応も収まり――奇妙だ。

 大声を上げながら若い伝令兵が飛び込んできた。

 今回は妨害によって魔法通信による統制戦闘が出来ない為、伝令兵がその役割を担っている。


「塔から伝令! 伝令っ!!」

「どうした? 何があった?」

「カイ殿からご伝言であります。『これは――罠だ。第二陣地までの早期撤退を許可。火力密度をあげて対抗するしかない。援護は請け負う』以上であります!」

「どういう事だ?」


 状況は勝っている筈――が、前線部隊の最高指揮官であるカイは既に第一陣地である城壁の失陥を予期している。

 しかも、自分が援護――つまり殿を務める、という意思表明付で。

 状況はそれ程に悪いという事か――周囲を見渡す。

 前衛部隊はまだ戦闘を経験してない為、元気いっぱいだが……魔法兵達は先程の乱射で消耗が激しい。

 彼は何を気にして――はっ、となり隊長は前方の敵軍列を見る。

 そして理解が追いつく。


「糞共がっ!! ……軍曹」

「はっ!」

「目端がきく兵数人に、第二陣地への撤退順路を確認させておいてくれ。これは罠だ。しかも、おそらくは。奴等の先鋒集団をよく見ろ――俺達が早く気付いていれば、旦那に無駄玉を撃たせる事もなかったっ!!」

「どういう――まさか!? ……了解しました。撤退順路を確認させます」

「急げ――早い段階であの人を失ったら、俺達も終わりだ」

「はっ!」


 軍曹が、下士官数人を連れて階下へと駆けて行く。

 前方に展開する軍勢は戦列を再度整えつつある。

 いるのは――


「巨人に骸骨兵、あそこに見えるのはミノタウロスの戦士団か……俺達が返り討ちにした魔将、その配下の敗残兵共ばかり集まってやがる――本当の意味で、カイの旦那と俺達を消耗させる『捨て石』になるつもりだってのか?」


 だが――迎撃せざるを得ない。

 敗残兵ばかりとはいえ、奴等の魔王に対する忠誠心は本物。脅威なのは変わりないのだ。

 そうでなければこの戦術は成り立たない。

 おそらく、兵士達を救う為に、カイが援護する事まで読まれている。

 ……こいつはキツイ事になりそうですぜ、お嬢。


『――カイの事をお願い。早々死ぬとはまったく思わないけど、でもあいつだって人間だから。無理無茶を繰り返せば何時かは……本当にどうしようもない時はぶん殴っていいから、止めて』


 冗談半分で聞いてましたが、どうやら――その約束、果たす機会がありそうですよ。あの人はこんな所で絶対に死なしちゃならない人ですからね。



「敵軍、侵攻を再開! 巨人兵の残りと骸骨兵多数――更にミノタウロスの斧兵、来ますっ!!」



 ……まぁその前に、俺達が先に逝く可能性の方が遥かに高いってのが笑えます。 あの人を救う為にはまず生き残らないといけない――無理難題多いのが辺境伯領軍の特色ですが、こいつは極めつけですぜっ!

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