外伝―2 それぞれの覚悟

 広い大会議室に悲鳴のような叫び声が響いた。


「馬鹿なっ! ダカリヤ伯は死ぬ気か!?」


 ダカリヤ辺境伯領から届けられた書簡は、王都へ集結していた人類連合首脳部のへと直ちに届けられた。

 既に、彼の地は魔王軍による重囲下に置かれており、魔法通信も妨害魔力によって遮断されつつある。

 そんな中、届けられた書簡――そこに書かれている内容は首脳部を呻かせるに足る内容だった。


「『魔王軍十将の残存武将全員の着陣を確認。予定通り作戦遂行を望む』だと……?」

「『増援の申し出有難く、感謝す。なれど、その兵力は決戦場へ』とは……」

「何が彼をそうまでさせるのだっ! どう考えても魔王軍主力はダカリヤへ投入されているのだぞ!? 辺境伯領軍がこの一年を戦い抜いてきた精兵揃いとはいえ……『聖騎士』殿と最精鋭部隊も引き抜かれているというのに……」

「――問題は、我等がこれを受けてどう決断するかだ」


 場に緊張が走る。

 そうなのだ。彼等は決断しなければならない。

 伯から届いた書簡内容は千金――否、万金の価値を持っていた。

 魔王軍の主力である、十将直率軍、その残存部隊全てが彼の地にいる――つまり、魔王を守っているのは親衛軍のみ。

 片や連合軍は、各国から最精鋭部隊の抽出を完了。何時でも作戦行動を可能にしている。

 つまり――


「今ならば魔王へ届きうる。これは千載一遇の機会だ!」

「しかし――幾ら魔王を討ったとて、ダカリヤが陥落し、敵軍が健在ならば……戦争は泥沼化しますぞ? 既に多くの将兵が戦死し、民は疲弊しています」

「魔王さえ討てれば、後はどうとでもなろう。戦術のみならず戦略まで持っているあの男こそが問題なのだ。十将は確かに手強いが対処出来ぬ程ではない。何故なら、奴等に戦術はあっても戦略はないからだ」

「では……ダカリヤ伯を見捨てると?」

「大の虫を生かす為だ」


 不同意の呻き声が各首脳から漏れる。

 開戦時における絶望的な戦況を、持ち直させる切っ掛けを作り出したのは第一次ダカリヤ攻防戦だった事を、ここにいる首脳達は皆、知っている。

 その後も、彼の地が健在だったからこそ、魔王軍は補給線構築に苦慮し、無謀な強攻策を繰り返し自壊していったのだ。

 正しく獅子奮迅の活躍――その地を、そして将兵、領民をこの期に及んで切り捨てると言う。

 大局観としては正しいのかもしれないが……その決断を下せば、末代に至るまで重荷を背負う必要があるだろう。


「私とて断腸の思いだ。しかし――では他に手があるか? 既に伯爵城は完全包囲下にある。増援を送る事は至難。この書簡が届いたのも奇跡だろう」

「……確かにそうですが」

「これを届けた使者はどうしたのだ? 直接、話を聞きたいのだが」

「書簡を渡し、直後に戻ったとのこと――辺境伯領へ。『戦友達が待っていますので』と。笑顔だったそうです」

「「「…………」」」


 末端の兵までもがそれ程の覚悟を示し、わざわざ死地へと戻っていく。

 まるで、それが当然――果たすべき義務であるかのように。

 戻れば、まず間違いなく死ぬというのに。


「……我等も覚悟を決めねばならん。たとえ、後世において我等の子孫が罵倒され、我等が無能の誹りを受けようとも」

「……この戦争に勝った後、ダカリヤ伯とその将兵、領民へ詫びましょう。我等一同の素っ首を持参して」

「……では、よろしいですね?」


 各国首脳が重々しく頷いた。

 そして、魔王討伐を押していた首脳――人類連合の主要国でもある王国の賢王が宣言する。



「我等は作戦通り、ダカリヤを救援しない――彼等が魔王軍主力を引き付けてくれているその貴重な時間を用い……魔王を討つ!! これは今次大戦の趨勢を決める字義通りの『決戦』となろう。各将兵の献身と奮戦を期待する」



※※※



「――と言うような熱い会話が繰り広げられると思う訳だよ、俺は」

「ふむ……だがここまではお前の予想通りなのだろう? まったく! 何手先まで読んでいたんだ」

「そこまで読んでないな――確信したのは、一人目の十将を討った時だ」

「……大分前だと思うがな」


 伯爵城の一室でカイとヨハンは人類連合から、魔力遮断を無理矢理こじ開けて送られてきた通信内容を見ながら、作戦案の打ち合わせを行っていた。

 内容は『増援は無し』『敵主力を可能な限り拘置せよ』『我等は全力で魔王を討つ』。その後は、決定を詫びる文が並んでいる。


「『大の虫を生かして小の虫を殺す』。口で言うのは簡単だが……決断するのはしんどい話だ……だからと言って、早々殺されてやる理由もないが」

「既に部隊の配置は完了している――カイ、お前は」

「何時も通りだ。最前線を駆けずり回って敵の部隊指揮官を徹底的に狙う。今まで俺達を助けてくれた魔力通信による統制戦闘は、この妨害状況じゃ使えないから、緊急時は信号弾で合図をする。見逃すなよ? ああ、あとお前は今回、出来る限り最前線に出るな」

「……何だと?」


 ヨハンの顔が険しくなる。

 それに対してカイは何時もと変わらず飄々としている。


「今回は――相手が相手だし、数も尋常じゃない。間違いなく悪戦だ。クレアもいないしな」

「ならばっ!」

「駄目だ。お前はダカリヤ辺境伯――領民を守りきり、それを見届けた後に死ぬ義務がある。それまではお預けだ」

「……では、貴様はどうするのだ。私とクレアがおらず、最精鋭部隊も引き抜かれている。統制戦闘も出来ない状況下で最前線を飛び回れば――幾ら貴様でも間違いなく死ぬぞ?」

「そんな気は更々ない。がまぁ……仮にそうなりそうだったら――俺に構わず城を捨てろ」

「…………私に生き恥を曝せと言うのかっ! 領土を、城を――あまつさえ、友を目の前で見殺しにしろとっ?」

「ああ、それが――責任なのですよ、殿


 机を挟んで睨み合う――が、目を逸らしたのはヨハンだった。

 深く息を吸い、向き直る。


「…………納得はせん。納得はせんが、もし万が一、そうなる時は、城を捨て、必ず将兵、領民を救おう。我が名と命に賭けて」

「命は取っとけ。お前はこんな所でくたばる男じゃない。それを賭けるのは――俺の役回りだ。まぁ――生き残ったお前にも試練はあるからな」

「?」

「分からないか? くくく……かなり大変だと思うぜ」


 そう、カイは楽しそうに、嬉しそうに笑う。

 ……十中八九、自らは死ぬかもしれないというのに。



「生き残ったお前には怖い怖い妹さん――クレアをなだめるっていう、世界で一番難しい役回りが待ってるじゃないか。その苦労に比べれば、命を賭すのもそう分が悪いわけじゃないさ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る