外伝1:決戦前夜

外伝―1 包囲都市にて

「なぁ――聞いたか?」

「何をだよ?」

「近々『決戦』があるらしい」

「『決戦』?」


 二人の兵士が城壁上で会話をしていた。

 一見若そうに見えるが、視線は周囲を油断なく警戒しており、明らかに歴戦。

 ……まぁこの都市で生き残り続けている兵士、しかも警戒を任されている兵が歴戦でない筈もないのだが。


「ああ。ついに魔王を討伐する準備が整ったって話だ。上手くいけば――これで戦争は終わるぞ」

「そいつはいいが……それまで俺達が生きていられる保証はねぇぞ? 見ろ、あの光景を」


 そう言って兵士の一人が外に向かって指をさす。

 

 ――有り体にいって眼下には絶望的な光景が広がっていた。


 無数の禍々しい軍旗がはためいている。

 それらの多くは、人類側にとって不幸な事に見知った物――つまり魔族の異名持ちがそこに着陣していることを示している。

 その数、目測で十数万。

 連日、数を増やしている事から、数は更に膨れ上がるだろう。

 

「幾らヨハン様とカイの旦那がいるとはいえ、この数だ。苦戦は免れん」

「それは確かに……クレア様もおられないしな」

「ああ……そう言えば知ってるか? あの話」

「何の――ああ、あの話な。当然だろ。くくく……流石はカイの旦那。あの王都行きに断固として反対されていたクレア様をどうやって説得されたかと思えば」

「ただ抱きしめられて、一言、二言囁かれただけで納得させるとはなぁ。もう、流石としか言えねぇ。あの人、何時か夜道で刺されるぜ。当然――女に」

「しかも、複数のだろ?」

「違えねぇ」


 二人は場に全く合わない陽気さで笑った。

 ……前途に待ち受けるのは間違いなく死戦、

 この一年の間、伯爵城へ籠り、魔王軍の猛攻を耐えに耐え、多くの名立たる将兵を返り討ちにしてきたダカリヤ辺境伯領軍と住民達だったが、今度ばかりは分からない。

 何しろ数・質共に敵の方が圧倒的なのだ。敵軍中には、十将の内、未だ健在であるの着陣すら確認されている。

 魔王軍は本気だった。本気で、このダカリヤ領を奪取しにきていた。

 ここを抜けなかったが為に払わされた膨大な血――それに報いるが如き、魔王軍主力の集結。

 そしてそれは――


「まぁ……確かに状況は絶望的に見えるかもしれんが、って訳だ」

「そうだな。と言うかあの人達、何手先まで読んでおられたんだ……? 俺は正直、そっちの方が怖いんだが……下手すると一年前の籠城策から既にここまでを……?」

「まさか、幾ら何でもそれはないだろ。カイの旦那がよく言ってるじゃないか。『俺は単なる人間。限界ってものがある』ってな」

「いやだけどなぁ……余りにも上手く行き過ぎじゃないか? あいつ等がここにいるって事は――魔王の周辺にいるのは親衛のみだぞ?」 

「そうなるな。対してこちらは」

「クレア様を含められた各国最精鋭。みんな、まだ少女らしい……何と言うかな、こんな事を言っちゃいけないのかもしれんが」

「いや、言いたい事は分かる。分かるが……託すほかない。情けねぇ話だなぁ……」

「――そういう意識を持ってるあんたらは大丈夫だ。願わくばこれから来る嵐の後もそれを忘れないでいてほしいもんだが」

「「!」」


 二人は振り向くとそこにいたのは、面白そうに笑う男――カイだ。

 慌てて敬礼する。

 彼は軍の人間ではないが、その存在なくして、辺境伯領がここまで持ち堪える事など到底出来なかったろう――たとえ、ヨハンとクレアがいたとしてもだ。

 何しろ、クレアを超える戦闘力もさることながら、戦前から名将と謳われていたヨハンをも超える軍才をも併せ持ち、十将の内、三人をこの地で討ち取っているのは彼の献策による。それを知らぬ将兵などいない。いる筈もない。

 この地で必死に籠城戦を戦い続けて来た、将兵と住民達にとって『英雄』とは、話にしか出て来ない『勇者』や『大賢者』ではなく……ヨハンやクレア、そしてカイのことなのだった。


「今、感じた事は至極真っ当だ。俺達は情けないことに、あいつ等に世界の命運を託しちまってる。だけどな――それも、あんたらが此処で踏ん張ったお陰だ。それを誇ってくれ。開戦当初の戦況を考えたら、ここまで盛り返したのは奇跡なんだからな」

「ええ、そういうことでしたら遠慮なく誇らしてもらいますよ――あと、生き残ったら美味い酒が飲みたいもんですな」

「確かに。飯と水には苦労してませんが酒は……」

「しょうがねぇなぁ……ほれっ」


 そう言ってカイが何かを投げてきた。

 慌てて受け取ると――金属製の水筒だった。


「一口ずつだ。警戒役に酔われても困るからな」

「流石はカイの旦那!」

「ありがとうございます!」 

「この事は内緒だぞ。俺が後でヨハン――から密告を受けた怖い怖いお嬢ちゃんに怒られるからな」

「旦那、愛されてますね。どうです? いっそ、クレア様を嫁に」

「そうですよ。気付いてない訳じゃないんでしょ?」

「……クレアはなぁ」


 カイが少し苦笑する。

 この人は鈍感ではない。むしろ、機微に通じてる、といっていいだろう。

 なので、当然気付いている。だが――


「幾ら何でもこの時期にそれを考える程、俺の器はデカくない。それにだ――まずは生き残らないとな。さ、持ち場に戻ってくれ。おそらく、この数日でぞ?」

「「はっ!」」


 今までの軽い印象から一転、厳しさを秘めた男――歴戦の武人のそれになったカイが告げた。

 彼がそう言うなら来るのだろう――魔王軍主力がこの戦争の勝敗を賭けて。

 守り抜き、その間に各国から集まった英雄――八人の少女達――が魔王を討てれば人類の勝利。

 逆に魔王を討ったとしても、辺境伯領が陥落し、この地が奴等の手に落ちれば……戦争は泥沼化するだろう。

 背後を容易に遮断出来るこの地が健在だったからこそ、魔王軍は補給線を延ばす事が出来ず、結果、強硬策を行い、膨大な血を流したのだから。



 こうして双方にとっての正念場――『決戦』の時は着々と迫りつつあった。

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