『迂闊……自ら墓穴を掘ろうとはっ!』下

 部屋に戻ると、案の定、あの馬鹿カイはいなかった。

 ――ここまで予想通りだと逆にちょっと面白味に欠けるわね。

 わざわざ、クレアとアリスに会合が終わる時間を遅めに伝えておく必要もなかったかしら?

 魔力を探る――


「反応は無しか。流石ね……ここまで一切の魔力を消せるなんて。だけどね」


 甘い、甘いのだ。

 確かにカイは底知れない――が、私とて『大魔導士』の称号を持つ身。早々、魔法絡みで後れを取る、と思われては困る。

 あいつが静謐性を極限まで高めて、魔力反応を消す事は私が「魔力を覚えた」と伝えた時から予想していた。

 だからこそ――はっきり分かる。カイがどういう経路で逃走を図っているかも。 ええ、それはもう明確に。

 

 何せ、辿だけだし。


 今、この王宮内には、各国首脳を護衛する猛者達が集まってきている。

 その結果、大なり小なりの魔力反応で満たされており――結果、何処に行っても魔力がないなんて事はなくなっている。

 その中で、魔力反応がないのはとても目立つ。

 本来であれば姿を隠す筈の過剰な静謐性は、逆にその姿を私へ示している。

 

 ――ここで少し考えよう。


 このまま、追いかけて、誰かの応援を頼めばすぐにでも捕える事は可能。

 だけどそれは何か面白くない。

 あいつが逃げていなければ、二人きり――中々、そういう場面を作るのは難しいのだ。みんな虎視眈々と機会を狙っているし――だったのだから、多少の役得はあっても良い筈。

 かと言って、私一人では逃しかねないのもまた事実。

 

 ――取り合えず、追いついて様子を窺う事にしよう。


 荷物を見る限りこれまた予想通り、礼服を脱ぎ捨て、王宮へやって来た時の装備品を身に着けているようだ。

 ……その服に開いていた穴を繕った際、ソフィヤによってが縫い込まれているとも知れずに。

 それ自体は殆ど魔力を発せず、あいつ自身の極々微量な魔力で反応、音声をこちらに伝える仕組みになっているから――そう簡単にバレはしない。

 あれで、ソフィヤは可愛らしい顔をしていて、こういう事には平然と乗ってくるのだ。本人ノリノリだったし――あいつが性格をまだそこまで把握していないからこその罠ね。

 

 怖い――怖いわ。自分の才覚が! 

 

 ここまで悉く状況を予想出来ているなんて……今だったら、我が生涯における汚点である、あいつに対するボードゲームの負け越し記録を払拭出来るんじゃないかしら? ううん、きっと勝ち越せるわね――あ、何か脅せる言質を取ったらそれを要求しよっと。

 二人きりでお茶しながら、何時間もボードゲーム――まるで、デートみたいな……。

 うふふ……な、なんか良いわねっ! デ、デート、そうデートよっ! あ、何か燃えてきたわ。

 さぁ、それじゃ魔力を辿って――


「――ええ、行きましょう。私もカイ様とデートしたいですし」

「!?」


 恐る恐る振り向くと……アリスが満面の笑みを浮かべて立っていた。

 え? 何時の間に? 

 だ、だって魔力反応は確かに……会合してる会場に……ま、まさか!


「――デコイです。アデルさんの様子が変だったので一計を案じさせていただきました」

「くっ……流石ね。流石は『勇者』様だわ……そんなに変だった?」

「――そうですね。多分、私以外は気が付いていないと思いますが」

「……アリス」

「――何でしょう?」

「取引よ。私が二人きりになろうとしてたのは言わないで。その代わり私も言わないわ――のを」

「――ふふ、バレましたか。良いですよ。その代わり、デートは私とアデルさん、二人分を確保、ということで如何ですか?」

「異存はないわ」

「――それでは、追いかけましょう。私にも盗聴用魔法陣の波長を教えて下さいね」


 ……油断はしてなかった、と思う。いや、多分だけど。浮かれてたのかしら?

 でも――とにかく結果はこれ。

 やはり、当代の『勇者』様は侮れない――伊達に魔王へ最後の止めを刺していないのだ。

 まぁもう少しだったけど、結果的には良かったかも? 

 これで物理的にも制圧出来るだろうし。

 模擬戦をしてみて分かったのだけれど――あいつは甘過ぎるし、優し過ぎる。

 多分、本気を出せば私達を相手にしても3人までなら互角以上だろう。

 戦場だったらそれ以上――数で押しても、倒す事は至難。むしろ……乱戦になれば私達が不利かもしれない。

 

 けれど……無理なのだ。


 あいつが私達へ向ける目は困惑が混じりつつも――温かい。

 そして、事ある毎に言うのだ。「お前らは女の子なんだから」と。

 ……『八英雄』である私達に向かってだ。

 笑っちゃう位に甘っちょろい――そして、毎回泣きたくなる位に嬉しい。

 そんなあいつが、私達に対して本気になるなんて事はあり得ない。

 仮にそんな事になったら――それは、仕方ない事なんだろう。その時は……抵抗なんて出来ないだろうし。


「はいはい――かなり近づかないと聴こえないから、バレないように近づきましょう。囮の魔力反応は……会合場所に」

「――了解です」

「さて、それじゃ――私達の……そ、その、だ、旦那様になるあいつを捕まえに行くわよっ!」

「――アデルさんって、こういう時とっても可愛らしいですよね。ちょっと妬いてしまいます。カイ様も、アデルさんをからかわれてる時、とっても楽しそうにされてますし。私もそういう女の子になった方が御寵愛を頂けるのでしょうか」

「なっ!? ……アリス、からかわないで」

「――ふふ、本気ですよ」


 まったく! 

 この子はこの子で、私達をからかうのが大好きなんだからっ!

 ……とにかく、今はあいつを追うわよっ!



※※※



『俺は――あいつ等を英雄にしてしまった事を、心底恥ずかしく思ってるよ。別に俺が英雄になれたとも思えんが……それでも、だ。他に何かしら手立てがあったんじゃないかって。ああ、分かってるさ、こいつは俺の我儘だ。だけどな――少なくとも、そういうのを忘れちまったら、どうしようもないじゃないか? 恥を忘れたら……それは本当に人なのか?』


 私達が、もう少しで王宮外に出る地点で追いついた時、カイは上級貴族らしき男達に難癖をつけられていた――そして……えっと、どうしよう。

 あ、うん……その、ね……。

 アリス――嗚呼、もう無理そうね。

 仕方ないわ。だって――私も無理だもん。


『俺の名はカイ――八英雄の師匠ってのが今後の通り名、になるらしい』


 ……よし! 

 肝心の言質は手に入れたわ。もういいわよね? ね?


『八英雄の師匠、だと? き、君がか? で、では……彼女達と一緒にあの場所へ行くというのは本気だと!? し、正気なのか……生きては帰れないぞ!』

『……むしろ、俺一人で良いんだが。あいつ等には幸せになってほしい。一度、世界を救ったんだ。二度目は――意地を持ってて、恥を知ってるなら、手前らで何とかしろよ。少なくとも、全てをあいつ等に押し付けるな。もしも……お前らが嫌だと言うなら仕方ない――俺が背負おう。それがあいつ等を英雄なんてものにする切っ掛けを作った責任ってやつだろうからな』


 無理! もう無理! これ以上は――!!

 アリスと手を繋いで駆け出す――そして、抱きつく。


「なっ!? お、お前ら、何でここに――」

「カイ!」

「――カイ様!」

「「大好き!!」」

「っっ! ま、まさか……今の……」


 ふふ……そんな顔をしちゃって。

 大丈夫、今の言葉――みんなにももう伝送済みだから。すぐ、来るわよ? ほら――魔力反応で分かるでしょ?


「まさかね――カイがそんなに私達の事を大事に想ってくれてるなんて」

「――カイ様、何処までも一緒です」


 放心状態だったカイだったが、他の子達が近付いてくる事に気が付き――こう小さな声で漏らした。うん、その通りだと思うわ。



「迂闊……自ら墓穴を掘ろうとはっ!」

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