『迂闊……自ら墓穴を掘ろうとはっ!』上

「いいですか? 私達がいないからって逃げたりしないでくださいね? 逃げたら……ふふ」

「逃げてもいいわよ――逃げれるもんならね? あんたの魔力はもう覚えたから。追うから。地の果てまで」

「――カイ様、すぐに戻って来ますから、部屋でくつろいでいて下さいね」


 そう言って、三人は出て行った。

 今日も今日とて新領地について会合――だったのだが珍しく、時間がぽっかりと空白。

 しかも、今日の俺担当――何時の間にやら持ち回りによる監視体制が構築されていた。解せぬ――クレア・アデル・アリスの三人共、緊急の用事が入り、数日ぶりに一人。

 

 ……あれ? これって千載一遇のチャンスじゃね?


 普段は、最低でも二人、多い時だと全員が俺にくっ付いている。

 実力的に考えると――これでは逃げようもない。

 最近、忘れそうになるが、彼女達は八英雄。人類の到達点なのだ。

 一人相手に逃げるならともかく、複数相手では分が相当に悪過ぎる。

 ゼナやセレナ相手なら逃げ切れるかもしれないが……良心の呵責に耐え切れないだろうしなぁ。

 そして、捕まった後を考えれば……寒気が……死より恐ろしい光景しか見えない。八人分の婚姻届けとか誓約書とか。

 

 が、今なら――誰もいない。

 

 アデルはこちらの魔力を覚えた、と言っていたが……なに、全力で静謐性をあげれば多少は誤魔化せる筈。

 とにかく、王都から出てしまえば――大陸はそれなりに広いのだ。時間も稼げるだろうし。

 よし――


「逃げるか」


 最初、王都へ来た時に着ていた服に着替え、装備を点検。

 よし――さて、どういう経路で逃げよう?

 飛翔魔法を使うか? 

 いや、思いっ切りバレるな。幾ら静謐性を上げても、アデルの目からは絶対に逃れられない。下手すると、王宮全体を結界で閉じかねん。

 しかも、空中はリタの支配するところ。真龍相手に空中戦は勘弁。

 ……オルガの対空狙撃もあるしなぁ。

 うん、やっぱりここは正攻法で行こう。

 取り合えず、手紙だけは書いて――と。

 よし! さぁ旅立とう。俺は――俺は自由になるんだっ!



「と――思ったのになぁ……どうしてこうなるんだ……何も悪いことはしていないのに……」

「何をぶつぶつと言ってるんだ、君はっ! さぁ、返答してくれ、なに、一言でいいんだ。『金輪際、八英雄様には近づきません』とね」

「そうだ! さっさと答えろ!!」

「お前みたいな得体の知れない人間があの方達に付き纏うな!」


 部屋から抜け出て、あと少し――あと少しで王宮の外だったというのに……。

 突然、見知らぬ三人の男達に呼び止められてこの有様である。

 聞けば、どうやら俺が彼女達を誑かした、と。

 そんな事は許されないから、傍から離れろ。離れないならば考えがある――。

 ……ほぉ。

 中々、興味深い。興味深いが――今はそれよりも……頼む、そんな大声で話さないでくれっ。

 バレるから。バレたら……もう、お婿に行けない身になりかねないんだよ!


「どうした? さぁ、早く答えてくれたまえ。私達とて暇ではないのだ」

「そうだ。お前みたいな男と違って、我々は由緒正しい家柄の身。大戦においても武勲目出度く、八英雄様ともお目で通りが叶った身!」

「格が違うんだよ、格が」

「いやそのなぁ……君等が偉いのは重々分かった。分かったから、少し声をだな……」


 こちらの懇願に耳を一切傾けることなく、男たちは続けた。

 ……うん? 


「まったく……八英雄様達ともあろう方々が何を血迷ったのか。君のような下賤の輩に入れあげるとは……嘆かわしい。やはり……所詮は世を知らぬ小娘。我々のような人間が導いてさしあげなくてはならないな」

「そうだな。魔王を討ったと聞いてはいるが、おそらく、周囲がでっち上げたに違いない。いや……もしかしたら、魔王自体が大したことなかったんだろう」

「我等がその場にいれば――三英雄だったな。そして、今の英雄様を二、三人ずつ嫁にもらって――っっ」


 ははは――流石にこれは看過出来ない。

 男の一人の首を掴み宙に浮かし投げ捨てる。

 茫然としている二人。

 一人が剣を抜こうと柄の部分に手をかけ――指を狙って蹴り飛ばす。

 ……骨が折れる嫌な感触。そして絶叫。ああ、嫌だ、嫌だ。 


「き、君は何を!?」

「はぁ? 馬鹿だろ、お前。自分が今さっき何を言ったか理解もしてないのか?」

「な、何を言って――」

「俺は、お前らが何処の誰かは知らないし、興味もない。そして、お前らが言った前半部分についても否定はしない。俺があいつ等に相応しくないのは事実だろう。だけどなぁ――」

「っっっ!」


 男の顔が見る見るうちに青褪めていき、全身が震え出す。

 おいおい、これ位の殺気は受け流せないと……魔王はおろか、幹部連中にもあっさりと殺されちゃうぞ?

 俺と違って慈悲なんて一切ないんだから。


「幾ら何でも、あいつ等を否定しちゃ駄目だろう。聞くがお前は、魔王と相対したことがあるのか?」

「い、いや、私は最後の決戦場には出ていない……」

「なら、何故そんな台詞を吐ける? あいつ等が命を賭さなかったら、今頃、人類側に国家なんて残ってもいないが?? でだ――その身なり。お前は騎士なんだろう?」

「う、ああ……」

「なら――何故、恥じない? 本来ならばに――命を賭させた事を。世界を救わさせてしまった事を。あいつ等に特別な力があったから? 笑わせんな。だったら騎士なんか辞めてしまえ」

「う、あ…………」

「俺は――あいつ等を英雄にしてしまった事を、心底恥ずかしく思ってるよ。別に俺が英雄になれたとも思えんが……それでも、だ。他に何かしら手立てがあったんじゃないかって。ああ、分かってるさ、こいつは俺の我儘だ。だけどな――少なくとも、そういうのを忘れちまったら、どうしようもないじゃないか? 恥を忘れたら……それは本当に人なのか?」

「…………君は、君は一体……何者なんだ?」


 目の前の騎士が、茫然とした様子で尋ねてくる。 

 いやまぁ……名乗りたくはないが。



「俺の名はカイ――八英雄の師匠ってのが今後の通り名、になるらしい」  

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