『我、窮地にあり。至急、救援を乞う』下

 数日ぶりに会った親友カイの横顔はやつれていた。

 ……大分、やられているみたいだな。


「ははは。愛されていて結構じゃないか、八英雄の御師匠殿」

「…………ヨハン、喧嘩なら買うぞ? そうだな、まずはお前の嫁さんに、あの夜の事を――」

「待て。それはいけない。俺の命が確実になくなる。あれは……怒ったら、本気で怖いのだ。そ、それにだ! あの夜の話は諸刃の剣。クレア達にバレたらお前とてまずかろう?」

「ぐっ……いや、しかし! 俺は敢えて茨の路をっ……!!」

「カイ――お前は疲れているんだ。少し休め。そうすれば……全て終わっているさ。婚姻まで含めてな」

「…………」

「何故そこで沈黙する。流石に冗談のつもりんだったんだが……」


 青褪めているカイの顔が、何よりも雄弁に語っていた。

 ……クレアよ、この数日間で、まさかもうそこまで踏み込んでいるのか。

 お兄ちゃんは何も聞いてないぞ?

 そうか、こいつが――


「取り合えず、目出度い話だ。なぁ……義弟よ」

「死ねっ! 死んで、一瞬の安らぎを俺に献上しろっ!!」

「ははは、ごめん被る。真面目な話――うちの妹も含めて、今はまだ幼くても皆、絶世の美女になると思うが。一体全体、何が不満なのだ?」

「…………昨日な」

「ああ」

「色々と話をしたんだ。領土の状況やら、どう開発を進めるのか、税をどうするのかとか……」

「おお。中々、具体的だな」

「そしたら……いつの間にか、寝室に置くベッドの大きさの話になってた。結局、見た事もないような大きさのを特注で作ることになったが」

「…………頑張れ」

「…………ヨハン」


 カイが思いつめた表情をしてこちらを見る。

 本気で追い詰められているな。

 ……まぁこの後に言う台詞は分かるが。


「嫌だ」

「俺を逃がして――早いわっ! 最後まで言わせてもくれないのかっ!?」

「諦めろ。ここでお前を俺が逃がしたら――どうなる?」

「……良くて死。悪くて……」

「うむ。既に生き死にの問題ではないのだ。あるのは名誉ある死か、不名誉な死か……たとえ、誰が言っても彼女達は止まらん。お前なら一時は逃げれるかもしれんが……追うぞ、確実に。捕まったら――長い付き合いだったな」

「は、反論が出来んっ! い、いや、だが……あれだけの才覚を持った美少女達だ。それを惜しいと思う、誰かしら真っ当な意見を持った良識人がいる筈……!」

「――カイよ」

「――何だ」

「人生は諦めが大事だ」


 その言葉を聞いた瞬間、カイが机に突っ伏す。そして、痙攣。

 ……駄目だ、今、笑ったら……本気で殺される……。

 必死にこらえているとクレアがやって来るのが見えた――もうそんな時間か。


「カイ、兄さん、お話は終わりましたか? そろそろ、次の会合です」

「ああ、終わった。クレア」

「何です?」

「男は押しすぎても逃げるものだ。少しは加減をだな」

「お断りします。押し込んでおかないと何処かへ行きますし。それに――」


 クレアの声は風に掻き消えた。

 ふむ……ならば仕方あるまい。

 兄としては妹の幸せを願っているのだから。


「……そうか。カイ、すまんな。頑張ってくれ」

「ヨ、ヨハン様っ! 親友をお見捨てになるのでっ!?」

「見捨てる? カイ、貴方は私達に何か不満でも?」

「う……ふ、不満はない。お前も含めて、よくもまぁここまで可愛い子が揃ったと思ってるよ。内外含めてな」

「か、かわ……ごほん。そんなじゃ騙されません。私だって学習するのです」

「だからこそ――俺でいいのかって思ってるんだよ。俺以上な奴なんて、世の中にそれこそ吐いて捨てる程いるからな」


 ああ、カイよ……。

 お前は本当に良い奴だ。

 俺はお前の友であることを誇りに思っているし、何かあれば必ず手を貸そう。

 だかな……それは幾ら何でも悪手過ぎると思うぞ?


「…………何ですか、それ」

「いやだからな――」

「貴方以上の人なんていない!」

「…………」


 クレアの断言。

 それを聞いたカイは絶句――そして、顔を背ける。

 ほぉ。中々珍しいな。照れている。


「もう一回――いいえ、納得してくれるまで何回だって言います。貴方以上の人なんていない。私は貴方と一緒なら何処へだって行ける。世界を敵に回したって構わない。だから……自分自身を卑下しないで下さい」

「……その、すまん。ありがとう」

「いえ――ど、どうせ私達がいなければ野垂れ死ぬかもしれませんから、仕方ないから一緒に行ってあげます。感謝して下さい」

「クレアよ……そこまで大胆になれるのに、どうして最後まで踏み込めんのだ……もう、カイの外堀も内堀も埋まりきってるというのに……後は本丸のみではないか……」

「へぇ……そうなんですか? カイ」

「ヨ、ヨハン、不吉な事を言うなっ! ま、まだだ! まだ終わらんよっ!」

「うん……そうだな」


 親友に向けて生暖かい視線を送る。

 こいつも既に分かってるのだ――この戦は負ける。

 否、勝ち目など端からなかった。

 妹相手でこれなのだ。逃れる術はもう……。

 そう思っていると、残りの七人がこちらへ歩いて来るのが見えた。

 全員の表情に浮かんでいるのは、楽しくて仕方ないという感情と、カイへの強い思慕。

 カイ本人からは視線と瞬きでサイン。

 何々――


『我、窮地にあり。至急、救援を乞う』


 はは、笑わしてくれるな。

 悪いがそれは聞けん。

 おそらく、大陸中の誰しもがこう答えるだろうさ。

 折角だから返してやろう。


『当方に余剰戦力無し。現有戦力で奮闘せよ』


 八英雄に囲まれ、次の会合へと連れ去られて行く親友にそう返し、姿が見えなくなった後――俺が人生最大の笑い声を発したのは秘密だ。 

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