『残念だけど、人違いですっ!!』争

「みんなに、折り入ってお願いがあるんです」


 そうクレアが私達に切り出したのは、三ヶ月ぶりに八人が揃った夜のことだった。

 魔王を討伐した後、私達はそれぞれ各国に戻って戦後処理に追われ、ようやく明日、祝賀式典が開かれる。


「クレアさんが、頼み事なんて珍しいですね」

「確かに。クレアは真面目だからな」

「――そうですね」

「……私ってそんな風に見えてます? むしろ、アデルの方が頼み事してると思ってたんですが」


 ちょっと情けない声でクレアが呻く。失礼ね。

 まぁ――


「見えてるわよ。それでも、昔に比べれば大分マシだけどね」

「クレアは、優しいー。けど、私達から優しくすると嫌がるー」

「そ、そんなことは……ただ、ちょっと恥ずかしいから……」


 真面目過ぎる。けどいい子なのだ。

 私達の大切な仲間。そんな子が頼みがある、と言う。

 ならば、大概な事は聞こう。私達に出来る限り手助けするのは吝かじゃない。


「水臭いわね。それで、何をすればいいの?」

「えっと……その……」

「じれったい。早く言う」

「えっと、えっと……もしかしたら、例のお師匠様ですか?」

「ど、どうして分かったの!?」

「だって、クレアさんが私達にお願いするなんて中々ないから。どうしても叶えたい何かって言うと……何時もとっても楽しそうに話してるその人絡みかなって」

「…………私、そんなに楽しそうだった?」

「はい♪ とっても」

「…………うぅ」


 真っ赤になって、ソファーに突っ伏すクレア。

 何なのかしら、この可愛い生き物は。

 とても、各国に武名を轟かせている聖騎士様とは思えないわね。

 ――面白いからいいけど。


「で、本題を言いなさいよ。クレアがその人に惚れてるのは知ってるから。ああ、その人に告白したいからサポートをしろ、ってこと?」

「なぁぁぁぁ!」


 がばっと起き上がるクレア。

 何をそんなに驚いているのかしら?


「な、な、な、何でそれを――いや、別に、私は、あの、その」

「はいはい。バレバレだったわよ。そうよね?」

「そうですね」

「そうだな」

「クレアはその人が大好きー」

「――とっても分かりやすかったですね」

「バレてないと思ってたの?」

「あのあの、話されて時、悪口言いながらも幸せそうだったんです!」

「…………死にたい」


 そう言うと、力を失ってソファーに再度突っ伏す。

 この子、頭も良いし、強いんだけど、何処か抜けてるのよね。

 まぁ――そこが可愛いんだけど。


「はいはい。いい加減、話しなさいよ。内容を聞かないと手助けも出来ないわ」

「うぅ……模擬戦の助力を頼みたいんです」

「はぁ?」

「えっと……クレアさん、どういう意味でしょうか?」

「――貴女が負けるとは思えないですけど」

「……零勝九十九敗」

「?」

「だから、まだ一度たりとも勝ったことがないんですっ! しかも、まだ本気を出させたこともありません。何時も、完敗なんですっ!!」

「いやいや……あんた、自分が今、何を言ったのか分かってる?」


 八英雄が一人、『聖騎士』クレア・ダカリヤは近接戦闘において世界屈指の存在である。

 まともに対抗出来るのは、同じく八英雄の『勇者』アリスか、『戦士』ルル位だろう。

 ……その子が、一度も勝てない?


「本当にそんな化け物がいるんだったら――そいつも含めて『九英雄』だったわよ。だけど、一度たりとも聞いたことがないんだけど?」

「……骨龍」

「?」

「ダカリヤを襲った骨龍を討伐したのは、辺境騎士団じゃありません。あいつがほぼ一人で討伐しました」

「……嘘でしょ?」

「本当です。だけど、あいつは有名になるのを心底嫌っているので……止む無く騎士団が討伐したことにしましたが」

「……どう思う?」

「――本当なら、とんでもないですね」

「俄かには信じ難いですが、クレアさんは嘘を言わない方ですから」


 骨龍。真龍のアンデッドで、普通の龍に比べて敏捷さこそ劣るものの、生前の魔力を維持しながら、不死性まで付与された化け物である。

 そいつを倒すとなると……私達でも死戦の覚悟が必要だろう。

 魔王軍がこんな化け物を量産していたら、今、こんな風に笑ってはいられなかった筈だ。

 まぁ制御するのは気が狂う位に難しく、かつそもそも真龍の骨が手に入らないから、投入されたのはダカリヤ領に対する一度きりだったんだけど。


「……私一人じゃ勝てないんです。だからっ!」

「分かったわ。手伝ってあげる。だけど、模擬戦に勝つと何かあるわけ?」

「……えっと、その……一つだけお願いをきいてくれるって……」

「「「へぇ~」」」

「うぅぅ………」

「ねーねー、クレア」


 ゼナが不思議そうにクレアに質問する。


「その人のお名前はなんて言うのー?」

「名前ですか? ――カイ。あいつの名前はカイと言います」


 ……へぇ。

 何処かで聞いたことがある名前だわ。

 そして、骨龍を討伐する程に強い……か。

 それって――うん、間違いなく。


「――クレアさん。ごめんなさい。私はお手伝い出来ません」


 そうアリスがクレアに言ったのは、私が口を開く前だった。

 ――今から考えるとこれも運命の分岐点。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る